石垣島「トラベラーズカフェ 朔」からの便り。

【2017年4月1(土)】

 ハイ、ブラザーズ&シスターズ。
 キミは、石垣島で飲食店を営む178.png「トラベラーズカフェ 朔」のことは知っているよね。

 え、知らない!?

 あのですね、このお店というか、ユニットというか、プロジェクトは、174.pngゼロ年代の初頭、TOKIO都内でカレーの移動販売をしていて、タピオカ入りのロイヤルミルクティーなんかは、このチームのプレゼンが一番早かったわけなんすよ。知っとけよ、このやろう。
 なんてね。







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 先日、このお店というか、ユニットというか、プロジェクトのご夫婦の奥さんから、息子さんで小3の長男さんが、ボクのあげた「鉄腕アトム」のコミックスにはまっているという、うれしいお便りをいただいたのである。

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 写真のとおり、確かにこの7冊は、ボクが古本屋で買い集めたんすわ。
 そんでもって、この7冊をボクが奥さんにあげたらしいのですが、いつあげたのかは、まったく記憶にないんだよな~。
 ですが、ボクは、この長男さんが生まれてすぐの時に、たまたま石垣島にいて、お母さんと赤ちゃんの彼には会えているんだわさ。

 171.pngトラベラーズカフェ「朔」に行ってきました(1)/2008年10月5日(日)
 171.pngトラベラーズカフェ「朔」に行ってきました(2)/2008年10月5日(日)
 
 縁(えにし)なり~。

177.pngPS .
 実をいうと、ボクは子供の頃、それほど手塚治虫は好きではなかったのである。
 マンガ好きの現場の子供レベルでいえば、「ハレンチ学園」がメガヒットした1968年当時、手塚治虫はもうとっくに終わっていたからね~。
 この時、ボクは小学校5年生なのだ。 
 「ブラックジャック」「三つ目がとおる」で手塚か復活するのは、1974年頃のことである。

 その頃、ボクの関心は、もうマンガよりは、70年代が展開するロックン・ロールに移っていたのだった。なにしろ、その時、ボクはもう、高校生になっていたのでね。



 しかし、いまとなっては、歳をとればとるほど171.png手塚治虫のことが好きになって来るのは不思議なことである。
 奥さんには、ぜひ「フィルムは生きている」を彼にすすめてもらうようお願いしたという次第なのである。
 南無~。
 

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by misaochan3x7 | 2017-04-02 18:15 | 自分遺産 | Comments(0)


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