カテゴリ:自分遺産( 23 )

梅里中央公園でふたり花見酒2017。

【2017年4月9日(日)】


 午後3時頃、ようやく雨は上がりぬ。
 そこで、同郷の知り合いである陶山さんと久しぶりの花見酒としゃれ込む。

 前回の花見から、早、3年が経過す。
 179.png<チーム陶山>でお花見@蚕糸の森公園(杉並区)。2014年4月5日(土)

 そして、ここ梅里中央公園での花見酒は、さかのぼること、2012年、2011年のことなのであった。
 179.png梅里中央公園で花見2012.2012年4月15(日)

 179.png梅里中央公園花見酒。今年はふたり酒。2011年4月10日(日)

 この日は、コンビニで、おでん、豆腐、日本酒を買って会話に花を咲かせ、さらにその後、阿佐ヶ谷の居酒屋に移動して、会話の花は咲き続けるのだった。
 このおっさんふたりにとって、花見には、桜はもとより酒と会話がどうしても必要なのである。

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by misaochan3x7 | 2017-04-10 21:55 | 自分遺産 | Comments(0)

桜の点検。上野不忍池周辺の巻。


【2017年4月6日(木)】

 不忍池は、「しのばずのいけ」と読むのよね。東京・上野にあるお池です。

 けふのお昼は、ここの桜の点検も兼ねてコンビニで助六寿司、茶わんむし、お茶などを買って池のまわりで食す。

 桜の様子はこんな感じなのでした。

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 宝くじを売る大型バスがとまっていたなり。ふ~ん、こんな車があるんだな。

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 ゆうべはそんなに寒くはなく、春は来たね!!
 なんて思わせておいて、また寒さがぶり返したら、ぶっ殺すぞこのやろう。


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by misaochan3x7 | 2017-04-06 20:15 | 自分遺産 | Comments(0)

桜の点検。エクストリーム出勤の巻。(その2)

【2017年4月6日(木)】

 きのうに引き続き、近所の桜の開花状況を点検するために、けふもいつもよりちょいと早めに行動を起こして、出勤前に、近所のお気に入りの公園へとチャリを走らせるのだ。

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 実は、この公園、親しくさせてもらっているおっちゃんと何年かぶりかで、今週末ここで花見酒を予定しており、その下見のロケハンなのである。
 本番の頃にはさぞかし見頃となっているであろうことを確認して出勤す。

 当日は晴天となることを祈るのみである。
 エイメ~ン。
 


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by misaochan3x7 | 2017-04-06 20:03 | 自分遺産 | Comments(0)

桜の点検。エクストリーム出勤の巻。


【2017年4月5日(水)】

 近所の桜の開花状況を点検するために、いつもよりちょいと早めに行動を起こして、出勤前に、近所の善福寺川緑地へとチャリを走らせるのだ。


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 おっと、この場所は、桜のシーズンには<必殺>の場所であり、桜吹雪舞うここの桜並木のトンネルの中に立っていると、冗談抜きに、この桜の下で死んでもいいと思うのである。

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by misaochan3x7 | 2017-04-05 21:40 | 自分遺産 | Comments(0)

ひとり酒場「お花見編」@都立和田堀公園の巻。

【2017年4月2日(日)】

 午前中、音楽仲間へのメール送信やなんやかやと、自部屋であれこれ用事をこなしていると、気づいたら午後3時を回っていたのだった。

 やべっ!!

 ここ数年、桜の満開の時期に雨にたたられ、花が散ってしまうという不運に遭遇しているという記憶というか、印象があって、晴天のもとでの花見のチャンスに恵まれていなかったのである。

 天気もよいので、桜の様子が気になって、近所の薬局兼スーパーマーケットでカップ酒2本(月桂冠「月」)とじゃがりこのLサイズ〝サラダ味〟を1個買ってチャリの前かごに積み込み、お気に入りの「都立和田堀公園」にダッシュなのだ!!。

 考えることは誰しも同じで、公園には花見客であふれていたのである。

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 肝心の桜はといえば、まだ全然咲いていない桜並木もあれば、ほぼ満開の木もあって、咲き具合は場所によってまちまちで、まばらなのだった。

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 それにしても、桜を見ながらのひとり酒場は、いいもんだよね~。

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 ネットで買ったばかりの勝新太郎の評伝「偶然完全 勝新太郎伝 (講談社+α文庫) /田崎 健太著」を読みながらいい気分。

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 この本のことは、稿を改めて述べてみたい。

 


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by misaochan3x7 | 2017-04-05 21:15 | 自分遺産 | Comments(0)

石垣島「トラベラーズカフェ 朔」からの便り。

【2017年4月1(土)】

 ハイ、ブラザーズ&シスターズ。
 キミは、石垣島で飲食店を営む178.png「トラベラーズカフェ 朔」のことは知っているよね。

 え、知らない!?

 あのですね、このお店というか、ユニットというか、プロジェクトは、174.pngゼロ年代の初頭、TOKIO都内でカレーの移動販売をしていて、タピオカ入りのロイヤルミルクティーなんかは、このチームのプレゼンが一番早かったわけなんすよ。知っとけよ、このやろう。
 なんてね。







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 先日、このお店というか、ユニットというか、プロジェクトのご夫婦の奥さんから、息子さんで小3の長男さんが、ボクのあげた「鉄腕アトム」のコミックスにはまっているという、うれしいお便りをいただいたのである。

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 写真のとおり、確かにこの7冊は、ボクが古本屋で買い集めたんすわ。
 そんでもって、この7冊をボクが奥さんにあげたらしいのですが、いつあげたのかは、まったく記憶にないんだよな~。
 ですが、ボクは、この長男さんが生まれてすぐの時に、たまたま石垣島にいて、お母さんと赤ちゃんの彼には会えているんだわさ。

 171.pngトラベラーズカフェ「朔」に行ってきました(1)/2008年10月5日(日)
 171.pngトラベラーズカフェ「朔」に行ってきました(2)/2008年10月5日(日)
 
 縁(えにし)なり~。

177.pngPS .
 実をいうと、ボクは子供の頃、それほど手塚治虫は好きではなかったのである。
 マンガ好きの現場の子供レベルでいえば、「ハレンチ学園」がメガヒットした1968年当時、手塚治虫はもうとっくに終わっていたからね~。
 この時、ボクは小学校5年生なのだ。 
 「ブラックジャック」「三つ目がとおる」で手塚か復活するのは、1974年頃のことである。

 その頃、ボクの関心は、もうマンガよりは、70年代が展開するロックン・ロールに移っていたのだった。なにしろ、その時、ボクはもう、高校生になっていたのでね。



 しかし、いまとなっては、歳をとればとるほど171.png手塚治虫のことが好きになって来るのは不思議なことである。
 奥さんには、ぜひ「フィルムは生きている」を彼にすすめてもらうようお願いしたという次第なのである。
 南無~。
 

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by misaochan3x7 | 2017-04-02 18:15 | 自分遺産 | Comments(0)

春まだ遠きTOKIOの西郊から。

【2017年3月26日(日)】

 ここTOKIOでは、終日氷雨が降り続き、冬に逆戻りした寒さで、テンションだだ下がりの1日なのであった。

 西郊に住むこのボクは、肩こりから来る倦怠感がひどくて、まったくやる気が起きず、かつ、疲れが抜けきれないのとのWパンチで、引きこもりをかこつ身となったのであ~る。

 春はいずこ。
 春よ来い!!



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by misaochan3x7 | 2017-03-27 19:58 | 自分遺産 | Comments(0)

この間の事情。父の他界以降。

【2017年2月5日(日)】

 パソコンが壊れたのは、父親が他界したちょうど一週間後の1月16日(月)のことである。

 葬儀の時に撮影した父のデスマスクの写真も保存してあったのだが、画面がブラックアウトしてしまい、デスクトップに何も映らなくなってしまったのだった。
 まさか、父親が、自分のデスマスクの写真を保存されたことを嫌っての所業でもあるまいに。前から調子は悪かったのさ。
 データのバックアップ方法など知らないので、パソコンが壊れたら、すべてが失われてしまい、一から出直すことを繰り返して来たのだった。
 今回もご多分にもれず、撮りためたあの写真からこの写真から知人のメールアドスから何から、すべてのデータの閲覧ができなくなってしまったのである。
 だからといって、落胆したわけではない。
 何事もなかったかのように、一から出直せばよいのである。

 そして、かねてから、この日のための備えとして以前に買っておいた新しいパソコンに切り替えて、ふたたびこうやってログを更新しようとしているのだが、機種を変えたとたん、このブログの投稿画面のモードが新しいものに切り替わったままで、ボクの好きな旧モードに対応出来ない状態になってしまったのさ。

 おまけに、新しいパソコンのくせに、動作が遅いのにはまいったよ。

 というわけで、いろんなストレスにさらされながら、2月を迎えたってわけなのである。
 1月は仕事に忙殺されて、まったくもって自分のペースを失っていたのだった。

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by misaochan3x7 | 2017-02-05 22:18 | 自分遺産 | Comments(0)

この間の事情/父との別れに寄せて。2017.1.9(月・祝)~1.11(水)

【2017年1月9日(月・)】

 朝、実家がある島根県松江市に住む5歳年下の妹から、約1年病床にある父の呼吸が止まったとの電話連絡を受ける。

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 用事があって外出したのだが、その間、妹とは連絡を取り合う。

 いよいよという時になって、病院のベッドに横たわる父親の耳元に妹が彼女の携帯電話をあてがい、ボクはその耳元に向かって大きな声でボクの名前を連呼し、いままでありがとうと感謝のことばを繰り返す。
 呼吸は止まっていたものの、ボクの呼びかけに父の心拍は反応していたとは、あとで妹に聞いた話である。

 そして、いよいよ呼吸が止まった。この時、15:36。(「死亡診断書」に基づく)
 苦しむことなく静かに息を引き取ったとのこと。老衰である。

 昭和6年(1931年)生まれの享年85歳だった。

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【2017年1月10日(火)】

 この日は、通夜。
 午後2時の入棺には間に合わず。

 ボクは、息子と一緒に羽田空港に向かい、出雲空港行きの飛行機に乗る。
 喪主はボクなのだ。
 息子とは、056.gif約1年前、認知症の治療で施設に入った父を見舞うために、彼の一家とともに飛行機で出雲空港に降り、松江入りしたのだった。

 さて、出雲空港には夕方着き、予約していたレンタカーに乗って、息子の運転で葬儀場に向かう。着陸時、冬の日本海の気流は普通に悪いらしく、下降する飛行機が冬雲に突入すると、機体はひどく揺れて肝を冷やしたのだった。

 葬儀場に着く。目の前は宍道湖だ。空がどんよりと低い、この土地ならではの冬の風景だ。

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 母と妹、そして母の実弟とその奥さん(つまり、母方の親戚のおじさんとおばさんだ)の4人が部屋にいた。
 そして、部屋の奥には祭壇がしつらえられ、その前に置かれた棺の中に父が眠りについていたのだった。

 ここには、前日から棺に入れられ、安置されていたとのことである。
 本来なら、残された遺族は、この日の夜から寝ずの番で遺体に寄り添い、線香を絶やさないのが〝しきたり〟らしいのだが、残念ながら前日は、諸般の事情により、それが叶わなかったようなのだ。

 不思議にも悲しみの感情はない。誰もが避けて通れない自然な道なのだ。
 棺の中の父の写真を何枚か撮る。全身や顔。顔は、いわゆるデスマスクである。やっぱり、人間の顔は、生きていないと絵にならないな。
 絵になるのは、むしろ髑髏の方なのさ。

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 この日の夜、母、妹夫婦一家と息子とボクで晩ご飯を食べ、ボクと息子は、レンタカーで葬儀場に戻る。

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 ところで、ちょうど40年前の1977年1月、ボクは、ここ松江市で大学受験に臨む不安な受験生の一人なのだった。そして、その年の早春、大学に合格して上京。
 以来、ボクは、TOKIOを住まいとして結婚し、一子をもうけ、その子が結婚して2児の父となり、したがってボクは2人のお孫ちゃんのおじいちゃんになってしまったのだった。

 そして、この日の夜、父の棺の横に貸しぶとんを2つ並べて敷き、そこに、ボクと息子が体を横たえ、親子三代で(3人とも長男で、しかも血液型はB型なのだ)一夜を明かすことにしたのである。
 さっきも述べたが、本来は寝ずの番で線香を絶やさないのがしきたりで、だからこそ、これを通夜というのだな。
 世間では、「いい年をして」いるこのわが身なんだが、当事者になってはじめてわかることがあるのである。

 さすがに寝ずの番は無理だった。時々目覚めては線香に火を点ける。線香って、あっという間になくなってしまうんだ。

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【2017年1月11日(水)】

 告別式の朝。

 父は棺の中で永遠の眠りについている。その子であるボクと、ボクの子である息子は、生きているので、それぞれが、葬儀場に敷いた貸しぶとんの中で目を覚ます。
 やがて、喪主であるボクの奥さんも、TOKIOから飛行機で駆けつけ、昼頃からは、父の弟や妹やいとこらの親族が集まり始める。
 何しろ、056.gif時々帰省はしていたものの、40年間、故郷を離れた喪主のボクは、ここではほとんど異邦人なのだ。

 さて、この日手続きは以下のとおりである。
 で、だいたいこのとおりの進行だったのだ。

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 【葬儀場】
  12:30~ 親族集合
  13:00~ お坊さんによる読経
  13:30~ 出棺
  参列者は、棺の中に花を入れて死者に別れを告げる。そして、棺を乗せた霊柩車は斎場(焼き場)に向かう。

 【斎場(焼き場)】
  14:00~ 火葬開始/約1時間半
  15:30~ 収骨
  16:30 終了

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 棺を載せた霊柩車(日産のワゴン車=セレナなり!!)が葬儀場を出て斎場に向かう。そして、遺族や親族が車で後を追う。

 斎場(焼き場)に着き、霊柩車から棺を下ろして火葬の準備に入るのだ。
 荼毘に付される直前、棺に向かって遺族や親族が言葉をかける。
 と、その時、葬儀場の100円ショップで買った300円の数珠をつないだ紐が、突然ボクの左手の中で切れ、数珠の玉が弾けて飛び散りそうになり、ボクはあわててその玉を両手の平で包み込んだのだ。

 火入れされる直前、父はボクに何かをいいたかったのか?

 そして、棺は072.gif火葬炉に中に収められ、その時、喪主であるボクは、扉のスイッチを押して扉を閉め、次に火入れのスイッチを押して火葬が始まる。
 遺体が燃えて骨だけになるまで、約1時間半弱。この間、遺族や親族は、別室でお茶を飲みながらお菓子などを食べながら待機。お弁当を食べている別の葬儀の遺族もあったのだ。「精進落とし」というわけである。

 さて、火葬炉から出て来た遺体は、見事に骨だけになっていた。係りの人の手によって、喉仏だけは先に取り出され、骨壷の蓋を裏返しにしたその上に乗せられていたのだった。 
 そして、ここから、遺族を中心に親族たちは、まずは遺骨の周りを取り囲んで箸で骨をつまみ、箸から箸へと拾った骨をリレーで渡しながら骨壷へと収めるのである。いわゆる、072.gif「収骨」である。
 
 ちなみに、日常生活の中で、箸から箸へ食べ物を受け渡すことが厳禁とされているのは、この慣わしに基づく禁忌(タブー)として由来していることにあらためて気づかされるのである。

 さて、何回かこのリレーを繰り返したあと、参列者は、喪主のボクを中心に、それぞれが箸で拾った骨を骨壷に収めるのであった。順番は、足元から次第に頭の方に向かってだ。
 そこまで拾うかと思うほど、ほぼすべての骨が拾われ、骨壷の中に収められるのだった。
 最後は、あごの骨が収められ、続いて頭蓋骨が収められて、この日のセレモニーは終了である。

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 というわけで、葬儀は、地元にいる妹夫婦や、母方の親戚のおじさんとおばさんたちの協力で無事に終えることが出来たのである。

 それにしても、父が息を引き取ったのが休日だったことは幸いだった。
 まだまだ働かなくてはならない現役の労働者であるボクにとって、平日の仕事中に訃報を受け取ったのでは、落ち着いて次の行動には移れないのである。
 それに、火葬場は「友引」の日には火葬をしないとのことなので、今回、カレンダー上で最短のスケジュールで進行することが出来たことも幸いだった。
 しかし、それよりも何よりも、親の介護に苦しむことなく父の臨終を迎えることが出来たことが一番助かったことなのだ。

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 最後に、何ごとも準備がすべてなのだが、特に初めて当事者となって迎える葬儀は、誰にとっても未体験で未知のゾーンであり、避けては通れない道である。
 にもかかわらず、出来れば先送りにして見て見ぬフリをしがちな現実が、親の死に目と葬儀なのである。
 誰もがいやなものからは眼をそむけたいのだ。

 しかしながら、転ばぬ先の杖で、こんな葬儀のやり方もあることを知って少し予習をしておかれたらよいのではないかと思い、以下のスレッドをご紹介してこの稿を終えようと思うのである。
  072.gifいろいろな供養方法の比較(メリット・注意点)

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南無阿弥陀仏。

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by misaochan3x7 | 2017-01-14 13:20 | 自分遺産 | Comments(0)

蟹工船2017。

【2017年1月3日(火)】

 早くも正月3日目。
 あしたから、仕事始めなのだ。

 ところで、先月あたりから両膝が痛み出し、歩行に支障をきたしているので、体重を減らすことを決意。
 過去数度のダイエット挑戦にはことごとく失敗している前科はあるのだが。

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 2008年4月に買った体脂肪計付ヘルスメーターが昨年壊れたので、奥さんに頼んで、彼女のスマホから、新しいヘルスメーターをネットで購入してもらったのが、12月29日(木)の深夜のこと。
 商品が到着したのは、翌日の午前中なのだ。

 そして、大晦日の12月31日(日)の夜、今度は、ポータブルCDプレイヤー(いまどき!!)が必要になって、やっぱり奥さんに頼んで、彼女のスマホからネット購入してもらい、商品が到着したのは、翌日の午前中、すなわち元旦のことなのであった。

 自宅のこたつで猫一緒にぬくぬくとテレビを見ながら、スマホでちょちょいと注文をしているわれわれ消費者の対極には、因果にも、暮れも押し詰まった深夜の倉庫での品出しに従事する人が確実に存在するのである。
 まったくもって、頭が下がる思いとしかいいようがない。
 と同時に、これは、現代の「蟹工船」ではあるまいかと気づくのだ。ぶるるっ。

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 ところで、この新しいヘルスメーター。
 何と、体重はもとより、BMI(Body Mass Index=体重(㎏)÷身長(m)の二乗)、体脂肪率、筋肉量、推定骨量、内臓脂肪レベル、基礎代謝量、体内年齢の8つの数値が、次々と表示窓にデジタル数字で表示される、「体組成計」という名のおそろしく出来のいい測定器だったのである。

 すげーよ、タニタ。
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by misaochan3x7 | 2017-01-03 15:23 | 自分遺産 | Comments(0)