カテゴリ:自分遺産( 37 )

父のこと、佐々木 邦のこと。

 11月のとある休日(土曜日だったか日曜日だったかは、もう記憶にない)、地元の図書館にチャリで赴く。

 以前は足繁く通った図書館だが、いまや調べたいことはだいたいネットで用が足せるので、図書館に行く頻度は激減した。
 この日は、奥さんにたのまれて、図書館に置いてある資源回収用(新聞紙用)の紙袋ををもらいに行ったのである。

 入口付近で必要な数の紙袋を入手すると、かたわらに「リサイクル本」の棚があるのが目に入る。図書館で用済みとなった蔵書を、区民は上限10冊で、無料でもらえるのだ。

 この日、ボクは、2冊の「リサイクル本」をもらうことにしたのだが、その中の1冊に、「評伝 佐々木邦 ユーモア作家の元祖ここにあり/小坂井 澄 著」という本を選んだ。

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 170.png今年の1月に亡くなった父親(1931~2017)享年85歳は、生前、この作家(1883年(明治16年)~1964年(昭和39年))のことが好きだったようなことをいっていたのを、ふと思いだしたからなのだ。
 確か、ユーモア作家だといっていた記憶があるな。

 死に近い最晩年、認知症となった父は、亡くなる前に体調を崩して入院していた。
 そうなる前に電話で父と話をしたとき、ある本を読みたいので探してくれとボクにたのんできたのだが、確かその本は、佐々木 邦の作品だったのではなかったか。

 ちゃんと聞いておけばよかったと、いまあらためて強い後悔をおぼえるのだが、父の亡くなったいまでは、それが、佐々木 邦の作品であったかどうかは、もう確かめようがない。

 死んでからでは、すべてが遅いのである。そうさ、懺悔の値打ちさえないのさ。われながらシデー息子であることよ。
 ごめんね、おとうちゃん。

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by misaochan3x7 | 2017-12-05 22:09 | 自分遺産 | Comments(0)

カメラマン福田文昭さんのお誘いで、再び江戸川区平井に赴くの巻。

【2017年11月26日(日)】

 福田さん企画のイベント「明るい多喜二」=蠣崎澄子後援会=「ぼた餅とブラームス」に参加す。

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 場所は、JR総武線平井駅徒歩7分。地元出身落語家の故橘家圓蔵宅(ひらい圓蔵亭)の隣りにある171.png「さくらワンダールーム」。目の前は平井公園なのだ。

 それにしても、「明るい多喜二」というタイトルは、
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 不当逮捕され、理不尽にも精神病院に入れて世間から隔離されながら、最後はどうにか帰還することができた経験のある福田さんでなければ考えられないタイトルなのだ。

 権力は、弱者を屈する。

 その権力に屈しないためには、結局、不当に扱われた経験を笑いのめすしかないのである。
 それは、ボクが福田さんから直接話を聞いて学んだ貴重な一次情報である。
 結局、蹂躙された人間のとる態度とは、最後はやせ我慢でも明るくふるまわなければ、当人はやってられないのである。
 すなわち、権力をあざ笑い、やられた不当行為を明るく笑いのめす、その強さに裏打ちされた不屈の精神。

 権力は、“強いものいじめ”が苦手なのだ。
 この実感も、福田さんから教わったことなのだ。
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 今回の講演者である蠣崎さんは、主婦であると同時に、小林多喜二に高い関心を寄せる多喜二のアマチュア研究家。(写真左の女性)
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 1933年(昭和8年)2月、多喜二が29歳の若さで築地署において拷問の結果惨殺されるその2年前、「オルグ」という作品を完成させるため、1931年(昭和6年)の3月中旬から4月はじめにかけて逗留したのが、厚木の奥座敷七沢温泉にある177.png福元館という旅館だそうである。
 蠣崎さんは、この事実を、それから約70年を経た2000年に発見した女性なのだ。
 情熱というか情念というか情動さえあれば、主婦でもここまでやれるという好例である。すげーことですわ!!

 今回の講演の前に、多喜二が好きで、旅館逗留中もよく歌ったという、ブラームスの「日曜日」という歌曲に、作詞家の高野班山が詞を書いた「折ればよかった」という曲が、ゲストの演奏家によって演奏された。
 大正末期から昭和にかけて流行った歌のようなのだ。
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 そして、講演は、以下のレジュメの順に語られたのだった。
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 当日販売された蠣崎さん著の冊子。税込みで500円なり。
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 最後に、参加者で、多喜二が好きで彼の母が彼のためによく作ったというぼた餅を食べて終了。
 この日のイベントタイトルである「ぼた餅とブラームス」は、以上に由来するのである。
 余談だが、この日の演奏者が見つからなければ、ボクにギターを弾いて歌ってもらえないかと福田さんに乞われたのだが、どうにもメロディーがつかみにくく、ひどく違和感を感じて無理だったのである。

【参考スレッド】

 168.png七沢温泉、「蟹工船」小林多喜二ゆかりの宿・福元館
に日帰り温泉に行ってきました。
 168.png小林多喜二と七沢温泉

 177.pngPS.
 小林多喜二の母の物語「母」の興行が好調とのことである。

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 ボクはこの映画を、福田さんと、福田さんの呼びかけで集まった何人かの方と一緒に、3月12日(日)に新宿KSシネマという映画館で観たのだが、監督は、山田火砂子という80歳を超えるおばあちゃんなのだ!!
 もう一度ちゃんと観たい映画である。
 多喜二は、いわゆるプロレタリア作家になるまでは、小樽で北海道拓殖銀行に勤める高給取りのサラリーマン=現代青年だったことは、意外な発見だったのだ。



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by misaochan3x7 | 2017-12-03 17:17 | 自分遺産 | Comments(0)

実に2カ月ぶりの休日の晴天を満喫!! ぃやっほーい!!


【2017年11月3日(金)・

 ぃやったー!!
 久しぶりの休日の晴天だーっ!!
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 さあ、急いで外出だ!!
 というわけで、リュックにお昼ごはんを詰め、近所のおなじみお気に入りの川沿いのグリーンにチャリで駆け付ける。
 風もなく暖かな陽気で、気温は20℃超。なので、Tシャツとサンダルでお出かけだ。
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 けふのお昼は、最近ハマりにハマっている「カップヌードルBIG」なり。
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 それにしても、休日の晴天なんて、実に2カ月ぶりなんぢゃないか、冗談抜きに。
 それほど9月、10月は台風のせいで雨ばかりの休日だったのさ、たのむでしかし。
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 護岸工事用の白いフェンスの向こうには善福寺川が流れる。
 それにしても、この工事、いつ終わるんじゃーい。(怒)
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 帰宅したら、奥さんが居間にこたつを出す準備をしていたよ。
 また、長い冬が来るな。
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by misaochan3x7 | 2017-11-03 18:22 | 自分遺産 | Comments(0)

御徒町の御徒町のセルフ式居酒屋 「味の笛 本店」で750円でほろ酔い気分。

【2017年10月30日(月)】

 休日、居間で寝っ転がりながら見ていたTVプログラム「吉田 類の酒場放浪記(再放送)」で知った167.png御徒町のセルフ式居酒屋 「味の笛 本店」。

 御徒町を職場として過ごして早12年。このまちにそげな店があったとはつゆ知らず、早速、仕事帰りに訪れることに。
 この店は、178.png御徒町駅前の魚介専門店「吉池」の経営だとか。
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 1階は立ち飲み。2階は座って飲めるフロアなり。
 ボクは迷わず2階へ上がる。
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 カフェテリア形式でカウンターの上にある好みの肴をチョイスし、越後の地酒 「越の白鳥(はくちょう)一合」をピックアップ。ギヤマン(ガラス)のとっくり瓶がボク好みなのだ!!
 で、肴に選んだのは、まぐろぶつ250円とはんぺん100円。お酒300円と合わせて締めて750円なり。
 現金で払い、自席に移動。
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 滞在時間はわずかだったが、仕事帰りにひとりで気軽にほろ酔い気分になれるのはいいもんだ。
 元来、外飲みのひとり酒は苦手なボクだが、これならいいや。
 今度またひとりで来てみよう。うふふのふ。

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by misaochan3x7 | 2017-11-03 17:56 | 自分遺産 | Comments(0)

クールビズ終了。ネクタイを着用して出勤す。

【2017年10月2日(月)】

 さあ、10月になりましたぜ、御同輩。
 クールビズも終了し、満を持してというか、いや、やっぱ首のあたりがうぜ~よなって気分でネクタイを着用して出勤す。
 写真は、イメージです。でも、同い年のホール・ウェラー氏59歳。

 
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 ところが、1か月早い着用で、実はクールビズは10月いっぱいだったのであ~る。
 まったくの早とちりだったわけなのだが、ってことは、このジャポンはいまや完全に亜熱帯気候の国になったとうい証左なのである。

 ぎゃ~っ!!
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by misaochan3x7 | 2017-10-02 21:39 | 自分遺産 | Comments(0)

カメラマン福田文昭さんの写真展「生きる」を見に、江戸川区平井に赴くの巻。

【2017年10月1日(日)】

 この日、30年数来の知己であるカメラマン福田文昭さんから届いた携帯メールは以下のとおり。

 急に私の写真展を開催することになりました。
 1日(日)から7日(土)まで、JR
平井駅近くの喫茶店にて。よろしかったら遊びにどうぞ。
 3日(火)以外は毎日いる予定です。

 そして、それに続く詳細情報は、この内容である。

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●福田文昭記録写真展 「生きる」

鎮魂:1967年~2017年の50年間に撮らせて貰った30人。写真は、私の茶箱に眠っていた。ほぼ「カメラ目線」の写真の中に彼らは、今も生きているようだ。その目は今私に何を教えてくれるのか。

■日時:10月1日(日)~7日(土)

■午前9時から午後5時まで。

■会場:さくらワンダールーム。
江戸川区平井3ー21ー1平井公園前。JR平井駅徒歩7分。

ピアノがあるやすらぎの喫茶店SAKURA。地元出身落語家の故橘家圓蔵宅の隣りにある。177.pngひらい圓蔵亭のホームページに地図あり。

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平井駅南口下車→みずほ銀行横大通りを南へ→二つ目の信号を右折→平井公園前信号の手前。福田は、3日(火)以外は会場にいる予定。

【全展示者氏名】
 ①沢田サタ
 ②梨元勝、栗本薫、山本富士子、滝田ゆう、三遊亭円歌
 ③阿久悠
 ④川島なお美
 ⑤船村徹
 ⑥平山郁夫
 ⑦中村紘子
 ⑧小林カツ代
 ⑨佐木隆三
 ⑩菅原文太
 ⑪美空ひばり、森進一
 ⑫テレサテン、コールアカシア
 ⑬古賀政男
 ⑭菅原都々子
 ⑮石原裕次郎、北原三枝、寺尾聡、苑文雀、宇野重吉
 ⑯林家三平、こぶ平
 ⑰平岡正明
 ⑱田宮二郎
 ⑲野坂昭如
 ⑳大島渚、武満徹、篠田正浩

以上故人を含む。

以下、田中角栄法廷写真と山口百恵・三浦友和デート写真。続いて写真展開催地の江戸川区平井や福田に縁のある人々。
五月みどり。大沢悠里。天地真理・南沙織・小柳ルミ子。田辺一鶴。田辺ポン。松崎菊也。小沢一郎。都はるみ。澁澤光紀。 福島泰樹。

◎この写真展を開催させてくれる会場をご紹介ください。小さい所歓迎です。皆様の口コミでご紹介をよろしくお願いいたします 。

10月1日(日) 福田文昭
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 週刊誌全盛期の時代、芸能記事やゴシップ記事用の写真を中心に撮りまくった若き日の福田さんの写真生活50年を、気取りなくさらっと振り返る写真展だ。
 地下鉄、電車を乗り継いで、総武線平井駅に到着。上京40年にしてお初の上陸となる。

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 会場までの道のりは直線の町並みで、なかなかにツラいものがある。というのは、4月以来続く両膝痛のせいで歩行がままならず、曲がりくねった道や込み入った道、カオスな町並みなどは大いに気がまぎれるのだが、直線の道は目に見えている遠くの目的地になかなかたどりつけなくて、心が折れるんすよ。
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 で、やっと目印の平井公園を発見。
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 公園の前にあるのが、「ひらい圓藏亭」として一般公開されている落語家の8代目橘家圓藏の住まいなり。しかし、ボクなどは、橘家圓藏よりは前名の5代目月の家圓鏡の方がピンと来るのだね。
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 今回の会場は、その圓藏亭の左側にある171.pngCafe SAKURA。そのお店が運営しているさくらワンダールームである。
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 その会場の前でこちらを向いている男性が、今回の写真展の主催者の福田さんだ。
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 会場に入る。
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 あらら、このカットはピンボケだったね!!失敗だ。
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 人物写真の最初のひとりは、故沢田教一氏(カメラマン)夫人の沢田サタさん。
 この夏、日本橋高島屋で開催された177.png「写真家 沢田教一展 ─ その視線の先に」(8月16日(水)~28日(月))を見た福田さんは、何かに動かされ夜行バスに乗って青森までサタさんに会いに行かれたのだとか。
 下記は、「週刊金曜日」に書かれた福田さんの文章だ。
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 篠山紀信とも荒木経惟とも違う写真の撮り口というかアプローチの違いを味わったのだった。

 そして、午後5時になったので会場を閉め、そのあと、福田さんと福田さんがかつて開催していた写真教室の生徒さんだったという青年(写真)とボクの3人で駅前の中華料理店に入り、餃子とまぜそばとお酒で軽~く打ち上げ。
 そして、ボクと福田さんは、総武線に乗って両国まで行き、そこから大江戸線に乗り換えて帰途に着いたという一日。

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by misaochan3x7 | 2017-10-02 20:46 | 自分遺産 | Comments(0)

阿佐ヶ谷のミニシアター「ユジク阿佐ヶ谷」について。そして、「カフェ・オ・コワンド ・スリジェ」 のこと。

【2017年9月3日(日)】

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 これという目的もなく、チャリで阿佐ヶ谷をぶらぶら。
 と、177.png「ユジク阿佐ヶ谷」というミニシアターに遭遇す。

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 こげな劇場、いつ出来たのだ。知らんかったなー!!
 おっ、ボブ・ディランの映画、2本もやっとるやんけ!!

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 「DON'T LOOK BACK」を観たい気持ちもあるが、次の上映は、16:40からか。間に合うといえば間に合うが、一旦、家に戻りたいしな~。
 またの機会にと思っても、9/8(金)までの上映なので、諦める。
 マーチン・スコセッシの作品も上映中。このタイトルも知らんな~。

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 9/30(土)からは、デヴィッド・ボウイの「地球に落ちて来た男」をやるようだけど、ま、めんどくさがってボクは行かないだろうな。

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 そして、家に帰る途中、これまた偶然に、善福寺川の近くに179.png 「カフェ・オ・コワンド ・スリジェ」 というカフェを見つける。


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 いつか行ってみよう。いや、たぶん、めんどくさくてボクは行かないだろうな。


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by misaochan3x7 | 2017-09-10 15:03 | 自分遺産 | Comments(0)

雨の日は池上の「久松温泉」にいて。

【2017年8月14日(月)】

 さて、本日から3日間は、職場が用意してくれたお盆休み3連休に突入だ。

 その初日にしてからが、いきなりの雨模様ときたもんだ。
 この3日間は、チャリで地元をあちこちウロウロしてみようと計画していたのだが、外出中いつ雨にたたられるかわかったものではないので、結局、計画を中止せざるを得ないのであった。
 まったくもって、ええかげんにサラセン帝国ぅぅうう。

 というわけで、この日、171.png東急池上線の池上駅にある銭湯「久松温泉」に行くことに。

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 なぜ「久松温泉」かというとですね、実はこの銭湯、過去、音楽仲間との忘年会にこの湯の2階の舞台付きの宴会場を貸し切って忘年会を催したことがあるのだが、ボクには、毎回、宴会のお世話係に徹しなければならない事情があって、ここのお湯には入れたことがなかったので、いつかこの湯に入ってやろうと決めていた日が、きょうになったというわけなのである。

177.png【2012年12月1日(土)】<チーム金子>忘年会@池上。
177.png【2014年12月27日(土)】<チーム金子>忘年会@池上/久松温泉。
177.png【2015年12月23日(水)・祝】<チーム金子>プレゼンツ!!オープン・マイク・ショー2015(池上温泉編)開催!!

 それにしても、21世紀にもなって、杉並区から大田区までストレートに南下出来るレイルウェイのないTOKIOの交通事情の貧困さって、いったい何なのさ。
 家を出てから1時間半かかって、東急池上線の池上駅に降り立つ。ファック!!
 駅前風景を活写。

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 そんでもって、ここが「久松温泉」だ。

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 入湯料460円なり。あと540円出すと、2階の舞台付きの宴会場に上がれるよ。2階でお酒やソフトドリンクを売っているので飲めるんだ。
 気が向いたら、カラオケ装置もあるので、舞台を独り占めして歌えるよ。169.png
 
 中に入ると、ふつうのお湯と、茶色い温泉の湯の2種類あり。
 茶色い湯は、温度計が48度を示していた。ボクの大好きな草津の湯の温度と同じではないか。
 う~ん、確かに熱かったとです。
 あとで、番台のおばちゃんと会話したところ、その温度計はあてにはならないっていってたけど、ボクにはまんざらそうでもないと思えたんだけどね。
 で、ちなみに、白い湯の温度は、44度でありんした。

 たぶん模造の大理石を敷いた縁台と足元のタイルがめちゃくちゃ熱いサウナも併設。
 いったいどうやってここで落ち着いていいのかわからないサウナ環境。
 あとで、わかったのは、大理石の縁台の上に風呂の腰かけを持ち込んで座るという逃げ技があったのである。

 さて、湯を出て、駅に戻り、本日のもうひとつの目的地である中華料理店「菜香楼」にイ~ン!!

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 と、いきなり、店のお兄ちゃんに「休憩時間中ですぅ」と宣せられる。
 次は、午後5時からオープンとのこと。あと1時間以上もあるではないか。
 この日、「久松温泉」の湯につかること以外のもうひとつの目的は、この店で牡蠣の天麩羅を食すことを本日の無上の楽しみとしていたのである。
 んがしか~し、聞けば、その品は冬のメニューなのであった。
 せっかく、1時間半もかけてこの店に来たというのに、店には入れず、かつまた、牡蠣の天麩羅を食すこともかなわずで、2重に失望を味わったのだった。

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 さて、こうした不完全燃焼で1日を終えるわけには到底いかず、一旦帰宅して、晩ごはんを食べたあと、向かうは、6月に行ったことのある西荻窪のスナック「162.png」だ。
 きょう、ボクはこの店でどうしてもこの曲を歌いたくてたまらなかったってわけなのさ。



 で、夜9時に入店して2時間、ノンストップで歌いまくり、大いに溜飲を下げて帰宅したのだった。
 ちなみに、なぜボクがこの店が気に入ったかといえば、この店のおねえさんの一人に、ミッシェルガン・エレファントやボニー・ピンクなんかを知っている話のわかる人がいて、それがすごくうれしかったわけなのさ。でも、あいにく、この日、彼女はお休みだったんだけどね。
 で、椎名林檎の曲だが、急に思いついて10数年ぶりに歌ったので、あんまり上手くはいかなかったのけれども、その他の手持ちのキラー・コンテンを披露しまくったところ、同席のギャラリーや店のママ、スタッフの女の子には、多少ウケた手ごたえはありましたでな。うししのし。

 え~、ところで、この日、奥さんは、彼女の車で実家に墓参りで帰省中で、ボクと愛猫のみーちゃんは、仲良くお留守番をしたのだった。


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by misaochan3x7 | 2017-08-15 18:51 | 自分遺産 | Comments(0)

今年は父親の新盆。アコギで歌う鎮魂歌2曲。

【2017年8月13日(日)】

 3連休の最終日なり。

 何だかもう、曜日の感覚がなくなってしまったなー。
 先週末、青森に一人旅した奥さんは、きのうから、今度は“青春18きっぷ”を使って大阪に旅に出たので、ボクと愛猫のみーちゃんは、仲よくお留守番なのだ。
 それにしても、来年還暦を迎えるおばちゃんが、“青春18きっぷ”ってさ。117.png

 ところで、今年は、180.png1月9日(月・祝)に亡くなった父親の新盆である。
 自部屋の机の上に置いてある父親の写真に向かって、アコギで弾き歌うのは、お約束のこの2曲の鎮魂歌なのだ。





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by misaochan3x7 | 2017-08-13 18:54 | 自分遺産 | Comments(0)

東京、行かなくなったまち

 TOKIOに上京して来たのは、1977年の大学受験の時で、その時は誕生日前だったから18歳だ。
 で、何とかその年に大学に入った時には、ボクは19歳になっていたのさ。
 恥ずかしながら、チェリーボーイである。

 大学はお茶の水にあったから、その頃は、お茶の水、神保町、水道橋あたりをうろうろしていたのだった。

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 はじめて一人暮らしをしたアパートが、千葉の稲毛にあったので、電車は総武線(三鷹~千葉)を使って、大学に通っていたのである。

 2年生の時から、大学が八王子に引っ越したので、アパートも転居を余儀なくされ、次に引っ越した先は、三鷹市大沢というところ。戦時中、高射砲が置かれていたので、高台のまちだったんだ。

 そのあと、在学中は、明大前、仙川と引っ越し、通学に利用していた電車は京王線。プライベートには、井の頭線を使っていたものだ。
 その頃よく行ったのは、下北沢や渋谷である。

 当時、田舎から出て来たのボクらのような人間の情報源は、雑誌に載ったタウンマップが中心だった。
 そして、その情報とは、映画、音楽、演劇、喫茶店、漫画など、サブカルチャーに関するであり、まちそのものの体内から、マグマのように、流血するように噴き出していたものである。

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 あれから40年。
 いつの間にか、お茶の水、神保町、水道橋にも行かなくなったし、下北沢や渋谷にも行かなくなってしまった自分に気づくのだった。

 それぞれのまちが体臭のように持っていた情報源としてのカルチャー・パワーは、いまはもうそのかけらもない。
 情報はネットからひとすくいすればすぐに得られる時代になり、自らが足を使ってそのまちに出向き、現場から得られた一次情報を口コミで分かち合い、その情報が雑誌などのメディアに伝播していくような熱源は、まちからは完全に失われてしまったのである。

 それにしても、最近は、地元である荻窪にも行くことがない。

 ボクは、一体どのまちで何をしているのだ!!


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by misaochan3x7 | 2017-08-08 19:42 | 自分遺産 | Comments(0)