このごろ、東中野にあるおなじみの音楽酒場 「じみへん」 で歌ってボクが思うことの巻。

 【2018年10月1日(月)】

 今宵の 「じみへん」 (元モー二ング娘。のメンバー吉澤ひとみが交通事故を起こして引退のきっかけをつくった東中野にあるおなじみの音楽酒場) は、夜9時過ぎからのスイッツァランド人であるルバート氏率いる 「ゴールデンラット」 のギグの前に、常連のロックおやぢらが集まってのオープンマイクである 「ロック・デー」 なり。

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 かくいうわたくしも、仕事帰りに立ち寄って、洋楽のカバーを数曲、店の置きアコギで弾き歌う。

 ちなみに、この日は、なぜだか外国人のお客が多くて、 「ゴールデンラット」 のドラマーも外国人なのであった。
 今後、彼はレギュラー化するのであろうか。


 【2018年10月6日(土)】

 この日も、 「じみへん」 。
 先日とうってかわって、この日は、 「オリジナル歌の会」に参加す 。
 日本語によるオリジナル、または、洋楽を自分流に日本語に直してカバーで歌うという趣向である。

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 もうずいぶんと長い間、ボクにとって音楽といえば洋楽 (ロック) を指すのであり、自分でアコギを弾きながら歌う歌も洋楽限定だったのだが、169.png先日の 「オリジナル・コレクション」 といい、今回の 「オリジナル歌の会」 といい、自作を日本語で歌う機会に触れてみると、これもなかなかクリエイティブな感じでいいもんだな、と思えてきたのである。
 
 嫌いだったからね~、アリスだとか、かぐや姫だとか、長淵 剛だとか、海援隊だとか、いわゆる、日本のフォークってのが。グルーブ感あふれる洋楽に比べると、堪えられないくらいダサい気がして。
 2014年、職場が催事に招いた松山千春のステージをはじめて観て、ボーカリストとしてのその力量と魅力を実感するまでは、このおっさんのことも眼中にはなかったわたくしなのである。
 ことほどさように、ボクは日本のフォークってのがいやだったわけです。っていうか、日本語で歌うことのダサさっていうのがね。
 そんな中、余談ですが、聴いたことはないけど、108.png山平和彦は何だかよさげな感じだったんだけど、加川良は、これも聴いたことはないけど、アウトって感じだったのである、子ども心にね。少年の直感ですが。

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 でも、 「じみへん」 で、自作のオリジナルを日本語で歌う機会を得て、また、自分以外の表現者が、自作のオリジナルを日本語で歌ったり、洋楽を自分流の日本語に直してカバーで歌ったりする機会に触れてみると、日本語で歌うって案外いいなと思えてきた昨今なのである。
 
 日本のフォークの輩(やから)を否定し、洋楽こそが確実にカッコいいと思ってスカして生きてきた人間による、日本語の歌へのアプローチ。

 聴く方にとっては、その違いはわからないだろうし、どうでもいいことなのかも知れないが、歌う方のボクにとっては、大事な違いなのであ~る。
 やっぱり、長淵 剛なんかは、観るのも歌うのも、死ぬほど恥ずかしいわけなんですよ。
 蛇足ながら、洋楽至上主義者のボクではあっても、クイーン、そして、フレディー・マーキュリーは、長淵 剛同様、死ぬほど恥ずかしい存在なわけなんですが。
 
 177.png追伸
 169.pngこの店には、2014年から通っているのだが、この日、はじめて “アウェーな感じ” を味わったのは、見知った顔が2人しかいなくて、しかも、まだあんまり慣れていない、自作のオリジナルを日本語で歌うというステージだったかも知れないな。


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by misaochan3x7 | 2018-10-08 15:11 | 音楽とわたくし | Comments(0)


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