カテゴリ:まんが道(みち)( 28 )

世の中には2種類の本屋しかない。

【2019年2月11日(月・)】

 この日、町屋に所用ありて、途中の電車の乗り換え駅である大塚で、ちょっと時間があったので、何かの予感を感じながら、山下書店大塚店に立ち寄る。
 案の定、店の入り口脇の棚に置いてあった吾妻ひでおのベストセレクション(河出書房新社)のアウトレット本3冊が目に入り、結局、3冊全部買ってしまう。

 177.pngAzuma Hideo Best Selection(第2弾)ポスト非リア充時代のための吾妻ひでお /河出書房新社/吾妻 ひでお 著/とり・みき 監修/発売日:発売日:2012.04.24

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 177.pngAzuma Hideo Best Selection(第3弾)よいこのための吾妻ひでお/河出書房新社/吾妻 ひでお 著/とり・みき 監修/発売日:2012.07.26

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 177.pngAzuma Hideo Best Selection(第5弾)/あるいは吾妻ひでおでいっぱいの吾妻ひでお/河出書房新社/吾妻 ひでお 著/中川 いさみ 監修/発売日:2013.09.25

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 125.png先日、吾妻ひでお氏がアシスタントを務めた師匠の板井れんたろう氏の訃報とその作品 「ドタマジン太」 について書いた流れでのシンクロニシティーなのだろうか。

 また、店内に入ったところで、 125.png「東京人2019年3月号/特集:テレビアニメと中央線 」につかまり、結局、この雑誌も買ってしまったなり。

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 ことほどさように、ボクはこの本屋につかまりやすい体質で、何かしら本を買ってしまうのである。

 ああ、そうなのだ。世の中には2種類の本屋しかないのである。
 店に入ってわくわくする本屋とわくわくしない本屋だ。
 山下書店大塚店は、わくわくする本屋の最右翼である。
 地元の新高円寺にある本屋も、店に入ってわくわくするな。ここも新刊の購入率が高い。
 それに、市ヶ谷にある本屋もけっこうわくわくしたっけ。

 それにひきかえ、阿佐ヶ谷駅の南口にある本屋と東中野の駅ビルの3階にある本屋は、どちらも本の種類は多いのだが、店に入っても全然わくわくしないんだよな~。
 棚割がどうのこうのというマーケティング以前の、店が放つグルーヴの違いなのだ。
 これは目に見えない力だけになかなか説明できない。
 あえていえば、本を単なる商品として並べるだけの経営者と、本をお客とのコミュニケーションツールと考える経営者の違いなのかも知れないな。
 わくわくする本屋は、経営者にとってもお客にとってもアミューズメントパークと同じなのではなかろうか。

 108.pngPS.
 吾妻ひでおのベストセレクション(河出書房新社)は、あと2冊あることがわかった。
 これも買わなければ~。

 177.pngAzuma Hideo Best Selection(第1弾)21世紀のための吾妻ひでお/河出書房新社/吾妻 ひでお 著/山本 直樹 監修/発売日:2012.01.27

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 エロコスプレイヤーうしじまいい肉の肉、いいぜぇぇええ。ぐへへへへ。
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 177.pngAzuma Hideo Best Selection(第4弾)さまよえる成年のための吾妻ひでお/河出書房新社/吾妻 ひでお 著/町田 ひらく 監修/発売日:2013.04.26

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by misaochan3x7 | 2019-02-13 20:12 | まんが道(みち) | Comments(0)

板井れんたろう氏の訃報について。そして、ドタマジン太のこと。

【2019年1月31日(木)】

 177.png讀賣新聞(朝刊)2019年1月31日(木)

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 讀賣新聞(朝刊)2019年1月31日(木)をパラパラめくっていると、漫画家の板井れんたろう氏の訃報が目にとまる。
 死亡日は、おととし(2017年12月6日)である。
 誤植かとも思ったのだが、そうでもないようだ。
 1年以上経っての訃報に違和感をいだく。

 ところで、ボクが氏の漫画で一番好きなのは、「ドタマジン太」 なのである。
 連載は、「月刊 冒険王(秋田書店)」1969年~1976年だ。
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 【この作品についてのボクの過去ログ】

 あ~、この色紙、持ってたんだよな~。
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 連載誌だった「月刊 冒険王(秋田書店)」の懸賞で当たったんだっけな。
 中学生のとき(1970年4月~1973年3月の間)だったような気がするのだが。直筆ではなく、印刷ものだったのだ。
 この訃報があったためなのか、思いのほか関連画像が多いので、リンクが切れないうちに気になる画像をあさりまくってここに貼り付けておくことにしようっと!!
 ぃやっほ~い!!
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 連載誌だった 「月刊 冒険王(秋田書店)」 の表紙に載ったジン太の表紙コレクションを一気にアップだ。
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 冒険王 1969年9月号
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 冒険王 1969年11月号
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 冒険王 1970年1月号
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 冒険王 1970年5月号
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 冒険王 1970年8月号
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 冒険王 1970年9月号
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 冒険王 1971年8月号
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 冒険王 1971年夏休み大増刊号
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 冒険王1971年10月号
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 冒険王 1971年11月号
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 冒険王 1971年12月号
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 冒険王 1972年1月号
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 冒険王 1972年2月号
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 冒険王 1972年7月号
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 冒険王 1972年10月号
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 冒険王 1972年12月号
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 冒険王 1973年1月号
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 冒険王 1973年3月号
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 冒険王 1973年5月号
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 冒険王 1973年7月号
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 冒険王 1973年8月号
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 冒険王 1973年9月号
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 冒険王 1973年11月号
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 冒険王 1974年7月号
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 冒険王 1975年9月号
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 冒険王 1975年10月号
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 冒険王 1975年12月号
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 冒険王 1976年1月号
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 冒険王 1976年4月号
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 冒険王 1976年5月号
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 冒険王 1976年6月号
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 冒険王 1976年7月号
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 冒険王 1976年8月号(最終回)
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 1967年(昭和42年)、月刊 少年(光文社)」誌で半年くらい連載された作品とのことである。その後、同誌は、翌年の1968年(昭和43年)3月号をもって休刊した。

by misaochan3x7 | 2019-02-04 20:26 | まんが道(みち) | Comments(0)

あれっ、「どろろ」 って未完だったっけ!?

【2019年1月4日(金)】

 新宿駅西口の地下通路にある大型広告スペースに掲示された手塚治虫作品 108.png「どろろ」 のアニメ&舞台化の告知ボード。
 「手塚治虫未完の傑作」 とあるね。
 あれっ、そうだっけ!?

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 174.pngオフィシャルサイトによれば、一応完結しているようなのだが。
 連載誌が2誌にまたがっていたことは気がつかなかったな。
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 177.png1967/08/27-1968/07/21 「週刊少年サンデー」(小学館)連載 
 177.png1969/05-1969/10 「冒険王」(秋田書店)連載







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 ボクは、「どろろ」 の連載第1回が載った 「週刊少年サンデー」 をたまたま買ってもらったことがある。
 しかし、当時、ボクの母親はいわゆる教育ママで、マンガ雑誌など簡単には買ってくれなかった人だったのだ。
 その母が、なぜマンガ雑誌を買ってくれたのか。
 そして、それが、なぜ、1967年8月27日号の 「週刊少年サンデー」 だったのか。
 その時、ボクは9歳で小4だったが、すべてはマボロシである。
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 それにしても、「どろろ」 の連載第1回目のシーンだけは、いまも鮮やかにまぶたの裏に焼き付いているのはなぜだろう。

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 あとで単行本も買ったような記憶があり(あいまい)、単行本を1冊にまとめた分厚いコンビニコミックスも買ったことがある(これは確実)が、最後まで読んだかどうかまでは覚えてないなー。
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 なぜなら、ボクはこの作品をほとんど愛していないからね。
 時代劇にはあまり関心がないからかもしれないのだが、いまとなっては、もうすべてがあいまいなのだ。
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by misaochan3x7 | 2019-01-08 21:50 | まんが道(みち) | Comments(0)

ビッグコミック50周年展@川崎市市民ミュージアムでボクを満足させたのは、夏目房之介氏のコメントだけだったの巻。

【2018年1月5日(土)】

 9連休となる冬期休暇も、この日を含めて、残るはあと2日。
 この日は、電車とバスを乗り継いで川崎市市民ミュージアムに赴く。

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 ここで開催中なのが 177.png「ビッグコミック50周年展」 である。
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 行ってみてわかったのは、結局、単なる原画展でしかなく、展示されたバックナンバーの一部も閲覧可能だったのだが、創刊時(1968年)、ボクは10歳で小5だったので、同誌の存在は知る由もない。
 なので、ボクの心を揺さぶるコンテンツはなにひとつとしてなく、また、新発見もなかった中で、唯一ボクを満足させたのは、展示パネルのひとつで見つけた夏目房之介氏の

 1968年から1973年まで、手塚治虫は低調期にあった。

 というコメントだけだったのである。

 これは、当時、読者のひとりであったボク(小5から高1)の少年時代の実感とも一致する。
 すなわち、174.png少年漫画のイノベーターである永井豪の出世作 「ハレンチ学園」 の登場(1968年)から174.png手塚治虫の完全復活を告げる 「ブラックジャック」 の登場(1973年)までの5年間である。
 第三者の証言が得られ、満足であった。


 また、実業家でもあった手塚治虫は、この間、1973年8月に虫プロ商事倒産の憂き目に遭う。
 一方、親会社のアニメ制作会社である174.png虫プロダクションは、1973年6月、劇場用第三作「哀しみのベラドンナ」を公開したが、これが大コケし、虫プロ商事のあとを追うように1973年の11月に倒産し、145.pngどん底状態にあったのである。

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  写真を撮る意欲もなかったので、会場内の写真はゼロである。
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 ネットで見つけた現役漫画家の方の熱心なこの記録に委ねることにしたい。

 177.png無名漫画家のはぐれ土佐日記 ゴルゴ13展&ビッグコミック50周年展...1 
 177.png無名漫画家のはぐれ土佐日記 ゴルゴ13展&ビッグコミック50周年展...2 
 177.png無名漫画家のはぐれ土佐日記 ゴルゴ13展&ビッグコミック50周年展...3 
 177.png無名漫画家のはぐれ土佐日記 ゴルゴ13展&ビッグコミック50周年展...4  
 177.png無名漫画家のはぐれ土佐日記 ゴルゴ13展&ビッグコミック50周年展...5 
 177.png無名漫画家のはぐれ土佐日記 ゴルゴ13展&ビッグコミック50周年展...6 
 
 ボクはむしろ、 「映画における川崎の情景」 という企画に心は動いたのだった。

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by misaochan3x7 | 2019-01-05 20:07 | まんが道(みち) | Comments(0)

文春ムック 「丸ごと1冊タンマ君」 を買って思うこと。

【2018年1月3日(木)】

 177.png讀賣新聞 2019年1月1日(火)

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 元旦の讀賣新聞の広告を見て、125.png早速購入
 セブンイレブン限定発売とは奇策なり。
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 この漫画は、非モテの独身男(むかしは、チョンガーといったのだ)が抱く徹底的にモテないことに対する煩悶やモテ男への狂おしいほどの嫉妬、そしてまた、賃金労働者としての哀切を絶妙に謳(うた)い上げるサラリーマン哀歌(いや、賛歌か)であり、作者である東海林さだお氏の独壇場である。
 昨年(2018年)、連載開始(1968年)から50年を迎えた傑作選とのこと。
 そこには、四畳半、インスタントラーメン、汚れものの猿股(ブリーフではないぞ)、酒とタバコ、居酒屋、キャバレー、連れ込み旅館、麻雀、サラリーマンローンなど、涙ちょちょキレんばかりのサラリーマンの哀しみを彩る数々のアイテムが登場する。
 携帯電話、パソコン、インターネットなどない時代だ。
 
 それにしても、氏のサラリーマン漫画は、過去にさかのぼればさかのぼるほど面白いのだ。
 舞台となるのは、昭和40年代をメインとする、いわゆる高度経済成長期だ。
 サラリーマンの給料はどんどん上がり、家庭は家電製品であふれ始め、戦後の日本が青春期だった時代でもある。
 氏が描くサラリーマンの世界は、非モテ男の代表であるタンマ君の口から発せられる「ぐやじ~」 に象徴される彼の地団駄踏むくやしがり方が、そのまま読者であるサラリーマン諸氏の思いと通底していた古きよき時代の共感に支えられた世界。
 単純な描線だが、生活臭のする妙に生々しくてエロい絵柄でもあるのだ。

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 若いころ、ボクは永遠のマンネリをかこつこのジャンルの漫画を “古いもの” として徹底的に憎んでいたものだが、60歳を過ぎたいまではなんだか角が取れ、昔ながらのサラリーマン漫画をなつかしく許すようになっている。
 まったくもって、時の流れとはおそろしい。

 そして、50年が経ち、作者は80歳のおじいさんになってしまったのである。

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 しわしわになった顔とヅラかと思わせる頭髪にひどく違和感を感じるのだが、同誌に掲載された漫画レポートによれば、ヅラではなく自毛とのことである。
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 巻末の108.pngタブラ奏者ユザーン氏とのコラボ記事は意外なり。108.pngこういったいきさつだったようである
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 それにしても、今年81歳を迎えてまだ現役の連載作家として描き続けなければならないことは、苦にはならないのだろうか。
 誰かに引き継ぐにしても、サラリーマン漫画ってなかなか人選がむずかしいジャンルではあるんだよな。

 たのむでしかし。


by misaochan3x7 | 2019-01-05 19:53 | まんが道(みち) | Comments(0)

弥生美術館で開催された「画業60年還暦祭 バロン吉元☆元年」の初日に行った会場で一峰大二先生と握手しましたの巻。

【2018年1月3日(木)】

 177.png弥生美術館で始まった「画業60年還暦祭 バロン吉元☆元年(2019年1月3日(木)~3月31日(日)」の初日、会場に赴く。

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 この美術館、ずいぶん前に行ったことがあるような、ないような。
 実は、一昨年(2017年)、同館で開催された「超絶入魂!時代劇画の神 平田弘史に刮目せよ!」(前期:2017年1月3日(火)~2/12(日)、後期:2017年2月14日(火)~3月26日(日)
)に行くつもりで家を出たのだが、間違って149.png文京ふるさと歴史館に行ってしまい、結局、平田弘史展には行けずじまいだったという苦い過去があるのであ~る。
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 いや、実際のところ、なかなかなじみのない場所でわかりにくい所なんすよ。
 ボクにとっては難所なんですわ。たのむでしかし。
 こんなアクセス。
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 到着までの風景はこんな感じ。なかなか着かない感じでありました。
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 で、やっと到着。ちょうど東大工学部の真裏になるのである。
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 表には花輪が。
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 折しも、 107.png昨年12月28日(金)に発売された 「ルーザーズ」 第2巻は、1967創刊の 「週刊漫画アクション」 のスタートを飾った新人作家のひとりとして、新人時代のバロン吉元のデビュー譚として仕上がっているのである
 会場は、一部の撮影禁止物を除いて、基本的に撮影OKであることは、よろこばしく、かつ、すばらしいことでござります。
 すべてのエキジビション会場がこうであってほしいと思いますね。
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  このパネルから計算すると、氏の年齢は、今年で79歳になられると思われる。
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 写真が “撮り放題” だとかえって撮れないもんですね、あれもこれもだから。
 この日の取れ高としては、このくらいかな。
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 この日のキモは、作者自身による“ギャラリートーク”。178.png同館学芸員の松本品子さん の司会により、15時からスタート。
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 2階での展示もあり、ギャラリートークはここでも行われたのだが、残念ながら氏の画風が極めて気色の悪い絵柄(失礼!!)に変じてしまったころからの大型のイラストアート作品が中心で、ボクは敬遠気味。
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 しかし、2階での展示物で発見があったのは、氏が若いころ、セツモードセミナーに通い、ファッション画を描いていたという意外なキャリアについてだったのだ。

 107.png会場で販売されていた本(税込3,000円)を求めようとしたのだが、財布の中には千円札が3枚しかなく、断念。

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 ちなみに、ボクが大切に所有している氏の作品は、 古本で買った 「石川啄木 青春桜花の舞」 (佼成出版社刊/1988年)である。
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 中でも、一連のシークエンスの中のある1コマに、ボクはシビレまくるのだ。
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 さて、そんなこんなのエキジビションではあったのだが、実は、この日、ボクの心をいちばん揺さぶったのは、会場に来られていた人物の中に、周りの人の会話でその人であることがわかった107.png一峰大二先生(今年で84歳)との邂逅(かいこう=出会い)だったのである。
 下の写真の真ん中で座っておられる頭にバンダナを巻いた方が一峰先生なのだ。

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 ボクは、氏の作品の中で、いまでも 「電人アロー」 がいちばん好きで、その先進的なキャラクターとシャープな乗り物のデザインの虜なのである。
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 そこで、会場で氏にそのことを告げ、固い握手をさせていただいた。
 生まれて60年、現役の漫画家の方と握手をしたのは、これがはじめてなのだ。
 いや、漫画家に限らず、著名人との握手そのものがお初なのである。

 帰宅して調べてみたら、 「電人アロー」 の新作書下ろしの記事に遭遇し、氏がいまだに現役の作家でおられることに驚き、さらに敬意を深めたという次第なのである。
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 177.png〝駄菓子漫画キング・オブ・キングス〟一峰大二。

 177.png一峰大二 漫画生活60年の世界 

 177.png電人アロー


by misaochan3x7 | 2019-01-05 19:49 | まんが道(みち) | Comments(0)

新刊コミックス 「ルーザーズ」 第2巻(双葉社/12月28日(金)発売)を買いに東中野で下車の巻。

【2018年12月28日(金)】

 この日は、仕事収め。
 午前中、大掃除をし、職場内でお弁当を食べて職員全員での会食。そして、解散。

 仕事帰りに東中野で下車し、駅ビルの3階にある書店に注文していた本を買いに立ち寄る。
 それが、「ルーザーズ」 第2巻(双葉社)である。
 125.png日本初の週刊青年漫画誌である 「週刊漫画アクション」 誕生秘話。著者は、吉本浩二だ。

 第1巻の巻末(画像下)には、第2巻の発売予告が載っているのだが、

 2018年冬頃発売予定!

 としか書かれていなかった。

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 ネットで調べたら、この日(12月28日(金))が発売日なのだ。

 そこで、この日、待望久しい第2巻を購入という仕儀となる。

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 無類におもしろくて一気に読了。
 そして、この第2巻の巻末には、第3巻の発売は、

 2019年夏頃発売予定!

 と書かれているのだ。
 ああ、ほんとうに待ち遠しいぜ!!

 ちなみに、第1巻は、モンキー・パンチ氏のデビュー譚であり、第2巻は、バロン吉元氏のデビュー譚。
 来年早々、本郷の弥生美術館では、177.pngバロン吉元氏の画業60周年のアニバーサリーエキジビション開催なのだ。
 1月3日(木)15時からは、ご本人によるギャラリートークだ。
 これは、行かねば!!

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 177.pngPS.
 この東中野の駅ビルの3階にある書店の窓からは、中野方面に西に広がる風景を臨むことができるのを知った。
 いい眺めなり。

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by misaochan3x7 | 2018-12-30 15:41 | まんが道(みち) | Comments(0)

いきなり 「アラバスター」。

【2018年12月18日(火)】

 仕事帰りに地元の書店に立ち寄り、カウンターで読みたい本の取り寄せをオーダー。
 そのあと、確かあの棚に谷ゆき子の177.png「さよなら星」 があったな~と思って店内を移動し、買う気満々で目的の棚に向かったところ見当たらず。

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 そこで、一番最初にその本が平積みになっていた場所に行き、血眼(ちまなこ)になってその本を探していたが(犯人が必ず犯行現場に姿を現すのと似ているな)、結局、その本はなく(売れたしまったんだろうな)、代わりに目に飛び込んできたのが、手塚治虫の 177.png「アラバスター(1970年12月~1971年6月まで 「週刊少年チャンピオン」 に26回連載)」 だったのである。
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 雑誌掲載時の 「オリジナル版」 とあるではないか。
 しかも、雑誌と同じサイズ(B5版)である。

 177.pngこの作品は、手塚自身の愛着がかなり薄い作品なのだが、ボクにとってはきわめて愛着が深い作品なので、速攻購入。
 本は、 「見たら買え!!」 が鉄則なのだが、いつもこの戒律が守れないばかりに、けっこう高い頻度で痛い目にあっているのである。

 ボクがどれほどこの作品を好きなのかというと、チャンピオンコミックスの1巻、2巻(3巻で完結だが、第3巻は欠け)、秋田漫画文庫2巻(完結)を持っている上に、なお、今回の巻を即決で買ったことでもお察しいただけることだろう。
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 チャンピオンコミックスのカバーの折り返しで手塚自身が述べているとおり、ロックの登場をある種の触媒として、作者自身の人間としての業の深さと精神的な暗さが噴出し、ストーリーの深刻度は、より一層増すことになるのである。
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 手塚治虫の丸い描線とダンスするように作品の底に流れる救いようのない暗黒の世界。
 劇画の描線にたよらないピカレスク作家としての手塚治虫の超一流の手腕がここにあるのだ。

 やっぱり、画面が大きいと(連載時の雑誌と同じサイズという意味)いいよな~、と痛感する。
 作者の息づかいが、ペンタッチから生き生きと伝わってくるからなのである。

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 それにしても、いい仕事をする出版社だな~と感心していたら、今回の 「アラバスター」 も、谷ゆき子の 「さよなら星」 も、ともに版元が177.png立東舎という出版社であることに気づく。
 ホームページを見てみたら、

 立東舎は
 出版社リットーミュージックの中の、
 おもしろレーベルです

 とあるではないか。

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 また、1968年に 「週刊少年キング」 に29回にわたって掲載された池上遼一の記念すべき週刊誌連載デビュー作 「追跡者」 (原作/辻真先)。
 原画が行方不明で、これまでコミック化が実現しなかった作品の本邦初の単行本も控えている由(よし)。

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 やるなー、リットーミュージック。
 いやさ立東舎。

 
 当分、目が離せない版元になりそうだ。
 108.png出版企画応募もしているぞなもし。
 そしたらわしも、そのうち何か考えて投稿してこましたろ。


by misaochan3x7 | 2018-12-20 16:24 | まんが道(みち) | Comments(0)

1968年、少年漫画界のクロスロードに立っていた男、永井豪。そして、石川賢のこと。

 いまから60年前 (1958年) の少年漫画は、いま読むと、スピード感というかテンポが遅過ぎて、とてもじゃないけど読むに堪えない。

 177.png1959年に創刊された 「週刊少年サンデー」 と 「週刊少年マガジン」

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 たとえそれが、手塚治虫の作品だったとしてもだ。
 というより、当時の少年漫画の最先端の技法であった〝手塚漫画〟の限界がそこに露呈されているのである。

 177.png少年クラブ連載 「旋風Z」 1957年1月号
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 そして、そこから10年を経た、いまから50年前 (1968年) の少年漫画はどうだったかというと、そのスピード感、テンポ、いや、何よりセンスという点で、断然、いまに通用するものがある。
 そうなのだ、漫画は、センスなのである。

 1968年、月刊少年漫画誌の衰退期にあって、断末魔の 「月刊少年 」(光文社)  が、劇画の導入でテコ入れを図ったころの様子は、108.pngすでに述べたとおりである
 週刊少年漫画誌でいえば、1966年、 「週刊少年マガジン」 が177.png劇画家さいとう・たかを起用し177.png 「サイレント・ワールド」 連載の連載を開始し、他誌に先がけて劇画路線化を進め、やがてそれが 「無用ノ介」 (1967年~1970年 ) の連載へとつながっていくのである。

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 当時の少年漫画界は、手塚治虫、石ノ森章太郎、横山光輝、藤子不二雄といった正統派の少年漫画家 (その頃は、児童漫画家と呼ばれていた) と劇画家が、少年漫画誌上で交錯しており、そのクロスロードに立っていた男こそ、石ノ森章太郎のアシスタントを努めた177.png永井豪であり、彼の出世作である 125.png「ハレンチ学園」 だったということに、先日、ふと、気づかされたのだった。

 驚くべきことに、 「ハレンチ学園」 が示すセンスは、いま見ても十分に新しい。
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 ということは、この50年間、永井豪のつくった漫画(少年漫画、青年漫画)の文法・文体 は、いまだに更新されないまま今日 (こんにち) に至っているということを意味しているのである。
 残念ながら、われわれは、現在のところ、次の50年の漫画の文法・文体を担う男の出現には立ち会えていない。
 だからこそ、永井豪が、漫画界の革新者 (イノベーター) であったことに気づかされるのである。
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 ちなみに、1968年にあって、その当時、やはり中堅少年漫画家であった桑田次郎は、この絵を見る限りでは、まだその画力を維持していると思える。

 177.png「豹マン」 連載第1回 1968年 (昭和43年) 「ぼくら」 新年号付録・新書判 全68頁

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 しかし、3年後の1971年、週刊少年マガジンで連載されていた 177.png「カワリ大いに笑う!」 (1971年39号から1972年9号まで連載。原作:牛 次郎) では、全盛期のシャープな描線から発せられる、一種神がかった絵のセンスは失われ、もうすっかり “型落ち” した彼の絵を目にしたボクは、子ども心に桑田次郎は 「終わった」 と感じたのである。
 作品全体がひどく古臭いものに変わってしまったのだった。

 177.png週刊少年マガジン1971年 (昭和46年) 39号 「カワリ大いに笑う!」 (新連載)
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 さて、177.png石川賢である。
 悲しいことに、ボクは、永井豪の右腕だったこの男の 108.png「学園番外地 (少年画報連載 1969年9月8日号~1970年9月22日号) 」 という作品にいままで出会える機会にめぐまれなかった。

 177.png少年画報 1969年 11月10日号

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 後年の気色の悪い石川の画風には嫌悪感しかないのだが、この頃の絵柄には、いまだに強く惹かれる新鮮さを感じるのだ。
 作家としての初々しさと可能性に、何だかわくわくして、血が騒ぐのである。
 何かの縁でこの作品に触れる機会があったら、ボクはこの作品を 「新作」 としてう読むことだろう。
 50年前、177.pngこの男も、確実にクロスロードに立っていたのである。

 177.png少年画報 1970年7月28日号 15号
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by misaochan3x7 | 2018-10-14 21:06 | まんが道(みち) | Comments(0)

「少年プラズマ戦隊」とわたくし。

 1966年。
 この年、「月刊 冒険王」(秋田書店)に短期連載されたのが、松本あきら(のちに零士に改名)の「少年プラズマ戦隊」(1966年1月号付録~6月号まで)である。
 この時、わたくしは8歳(小3)で、人生のピークを迎えていたのだった。

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 この作品のことは、時々、持病がぶりかえしたように思い出し、その都度、何事かを2度ほど書き連ねてきたのだが( 1度目2度目 )、3度目の持病がぶり返した先日、ネットを漁ってたいたら、「月刊 チャンピオンRED 2016年 12月号」と、「月刊 チャンピオンRED 2017年 1月号」(秋田書店)に、この作品が〝特別付録〟として1冊ずつ付けられていたことに気づく。
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 この「チャンピオンRED 2016年 12月号」の発売は、おそらく2016年11月、そして、「チャンピオンRED 2017年 1月号」の発売は、おそらく2016年12月だと思われるが、単行本未収録である「少年プラズマ戦隊」という、松本ファン垂涎の作品の復刻というこの一大事にまったく気づかずにいたこの時の自分は、一体どこで何をしていたのか!!
 うおぉぉぉおおおおおおおーーーっつ!!
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 まったくもって不覚、痛恨の極みである。

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 そして、小3のわたくしは、写真上の右側の付録(1966年1月号付録)の表紙を鉛筆で模写し、丁寧に色鉛筆で着色したことをきのうのことのように思い出す。
 その模写はとっくにこの世からは消えてしまってもうどこにもないのだが、わたくしの脳内には、いまも鮮明な画像となって残っているのである。
 模写したその紙は、銀行員だった父親が、当時、わたくしの模写のために職場から持ち帰ってくれた使い古しの勤め先の銀行の広告チラシの裏だったっけ。

 もし、タイムマシンがあって、あの日に帰ることができるなら、この作品を読み直しながら、いまは消失してしまったこの付録の表紙の自分の模写にもう一度会いたいと思うのである。
 南~無~。

177.pngPS.
 ネットで見つけた「少年プラズマ戦隊」最終回が掲載された「月刊 冒険王」(1966年6月号)の表紙と最終回の表紙を、リンクが切れる前にアーカイブしておこう。

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 【掲載作品】
  貝塚ひろし「秘密戦隊ハリケーン」
  さいとう・たかを「0011ナポレオン・ソロ」
  森田拳次「ズーズーC」
  つのだじろう「ライバル左腕」
  久松文雄「0088ワイルドウエスト」
  石森章太郎「009大あばれとんま天狗」
  森田拳次「まんがスクール」
  山本輝也+光瀬龍「SF劇場5 アメーバ作戦 後編」読切読物
  板井れんたろう「アキレ太くん」
  白土三平「白土三平名作劇場 妙活」新連載
  岸本おさむ「国際秘密指令00X」最終回連作読切
  関谷ひさし「ジャジャ馬球団」最終回
  松本あきら「少年プラズマ戦隊」最終回
  スタジオ・ゼロ「レインボー戦隊ロビン」予告
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by misaochan3x7 | 2018-08-24 13:34 | まんが道(みち) | Comments(0)