カテゴリ:自分遺産( 50 )

未来は楽しいか?

未来は楽しいか?

 この質問に、125.pngホリエモンだったら、言下に「イエス!!」って答えるのではないだろうか。
 最近、集中的に108.pngホリエモンの新旧の著書を何冊か読むにつけても、そう思うんよ。




 また、ボク自身のささやかな体験に引きつけても、そういえるのである。

 ちょうど40年前の1978年、ボクは20歳の大学2年生だった。  
 前年、1年生で入学した時には、校舎はお茶の水にあったのだが、2年生の時には、工学部以外は都内から八王子の山奥に引越しをしてしまい、巨大な白亜の新築校舎に隔離された学生は、当時、自らを「去勢されたボクたち」と卑下したものだった。
 新校舎に通い始めた時、校舎に向かう長い坂道の途中に、「まむし、毒蜂、野犬に注意」の看板を見た時には、膝から崩れそうになったものである。

 さて、そんな学生生活がおもしろいワケもなく、ボクは在学中、受業なんかほとんど出ないでサークル室にたむろして仲間とだべりながら煙草を吸い、本を読み、下校する時には、仲間と酒を飲む日々だった。
 そのサークル室で、ギターを弾いて歌を歌い、誰かにそれを聴いてもらえたら、当時の学生生活は、それまでよりももっと楽しいものになったのではないかと、いま、思うのである。
 その頃、ボクはギターが弾けなかったんだ。

 そして、いま、40年後のネット社会では、「space oddity chords」と検索すると、169.pngたくさんのスレッドが立ち現れ、この曲の125.pngコード譜を手にすることができるのだ。
 一方、you tube で「space oddity」と検索すると、この画面がパソコンに現れるのである。




 すると、40年後、ギターを弾けるようになったいまのボクは、楽譜を買うこともなく、この曲のコード進行をネットから取り出し、パソコンを目の前に、デビッド・ボウイのこの曲を聴き、メロディーをおぼえ、画面上で彼がどんな指使いでコードを押さえているかを確認し、わからないところは何度もマウスを動かしながら、わかるまで画面上でこの曲のカバー(コピー)に取り組むことができるのである。

 まあ、そんなこんなで、ギターすら弾けなかった1978年・20歳のボクは、40年後の2018年・60歳になった時、デビッド・ボウイの「space oddity」をアコギでカバーできるようになったというワケなのだ。
 結局、この曲のもつ世界観を、わがものとして体感し、表出できるのに40年かかってしまったのだが、その40年も過ぎてしまえば、アッという間の出来事だったのさ。

 だから、このことをひとつの例としてみても、未来は楽しくなんかないワケはないのである。

 174.png『人工知能』が支配する近未来。 2045年問題。シンギュラリティ(技術的特異点) の危険性

 あと27年後の世界。ボクは生きていれば87歳になっている。
 その時、ボクはどんな生き方をしているのだろう。
 人工知能による医療にめんどうをみてもらいながら、アコギで新しい曲のカバーに取り組んでいるのではないかって思うのさ。
 でも、新しいったって、新たに取り組むという意味で新しいというだけで、いまの時点で44年前(1974年)にリリースされたこの曲は、27年後の2045年には、71年前の曲になっているのだが、ボクにとっては、そんなに昔感はないと思うんだよね。
 なんてったって、この曲は、少年の頃ボクがいちばん好きだった曲なんだから。





e0358504_20005582.jpg



[PR]
by misaochan3x7 | 2018-06-08 20:01 | 自分遺産 | Comments(0)

いつもと違うくつろぎ処(ところ)でなごむ日曜日の午後の巻。

【2018年5月20日(日)】

 実に久しぶりに、何も用事のない日曜日である。
 お天気がすごくいいので、家に籠もっているのももったいない気がして、水筒にインスタントのホットコーヒーを入れ、読みかけの本を手に、チャリで外出。
 この日は、いつもと違う公園に行こうと、174.png和田堀公園第二競技場(済美山運動場)へと向かう。

 この坂道の向こうが公園だ。

e0358504_00585557.jpg
 そのむかし、この道の端には、エロ本や何だか正体がわからないいろんなゴミが投棄されていてカオスな感じで、えらくダークな感じの坂道だったんだよな。
 その「済美山運動場」のオープンは、178.pngこのスレッドによれば、2012年ということで、みずほ銀行旧済美山運動場とあるね。

 かつて、この運動場のまわりは、高い鉄板に覆われて中が見えないようになっていたのさ。
 調べてみたら、みずほ銀行は、第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の合併銀行で、家にある古い地図(2000年版)では、ここは「富士銀行済美山運動場」となっていたのさ。
 企業の合併、特に銀行の合併には、栄枯盛衰、諸行無常の感があるよな。

e0358504_00594566.jpg
e0358504_01000714.jpg
e0358504_01002912.jpg
 草の上にシートを敷いて寝転ぶ。
e0358504_01014430.jpg
 空が青いな~。
 月が見えていて、その横を飛行機が横切り、空には飛行機雲が一直線に描線される。 こんな風に自分のための時間を自由に使える気分は、実にいいもんだ!!
 こんなに気分のいい日は、めったいないのである。
e0358504_01020291.jpg
 目の前の400メートルトラックの中にはサッカー場が2面あり、少年たちがサッカーの試合中。
e0358504_01024698.jpg
e0358504_01030096.jpg
 トラックは誰でもが自由に使えるようだ。子ども連れの親子の姿が多い。
e0358504_01003960.jpg
e0358504_01044060.jpg
e0358504_01045776.jpg
 VIVA フリーダム!!


[PR]
by misaochan3x7 | 2018-05-28 00:37 | 自分遺産 | Comments(0)

西荻窪の夜を歩く。

【2018年5月18日(金)】

 写真家の荒井眞治さんから、写真展案内のDMハガキをもらったので、この日、仕事帰りに会場のある西荻窪に赴く。

e0358504_20165291.jpg
e0358504_20170377.jpg

174.png荒井眞治さんに関する自ブログ関連スレッド

【2014年6月2日(月)】
【2015年2月15日(日)】

 会場は、125.png「SAWYER CAFE」

 カフェの中に入って気づいたのは、この日は、写真集の出版記念パーティーも兼ねていたらしいってこと。
 なので、店の壁に掛けられていた写真の額をぐるっと見回す程度にして、荒井さんには悪いけど、挨拶もせず、そそくさと退散す。

e0358504_20173240.jpg
e0358504_20173956.jpg
 というのは、前にもどこかで書いたのだが、ボクはパーティーというのがものすご~く苦手なのである。
 知らない人が多い場合は、会話の糸口が見いだせず、これが苦痛の極みなり。
 たとえ知っていた顔があったとしても、知り合い同士だけで固まっているのも何だか社交性に欠けた人間だと思われるのも、至極残念な気分なのだ。
 何しろ、パーティーの客になったときのボクの〝疎外感〟はハンパなく、むしろ、主催者側になって客をあしらう立場の方が水を得た魚というタイプなのであ~る。

 というわけで、ほうほうのていで会場を辞し帰宅することにして、西荻窪南口の商店街を駅の方に向かって歩き出す。
 あのですね、このクリーニング屋は、そのむかし、「新星堂」というCDショップだったんですよ。

e0358504_20191000.jpg
 そして、黄色く囲んだこの真ん中の建物には、かつてボクが牛馬のように使役され働いていた無添加パン工房があったのデス。
e0358504_20225881.jpg
 店はずいぶん前に閉店(廃業)したのだが、いまは何に使われているのだろうか。シャッターが閉まっていて、それはわからない。
 建物全体が新しく改装されている様子。
 おんや? その建物の右側に階段が作られているぞなもし。ボクが働いていた頃、こんな階段はなかったんよね。
 それに、3階に灯りがともっているけど、そこは事務所なのか、住居なのか。
e0358504_20242694.jpg
 そして、その隣の店は瀬戸物屋なのだが、こちらもシャッターが閉まっていて、営業を続けているかは不明なのだ。
 というわけで、プチな感傷的気分にひたりつつ、帰りの駅までの道筋を旅したボクなのだった。


[PR]
by misaochan3x7 | 2018-05-20 06:48 | 自分遺産 | Comments(0)

夏到来。気分はGW。

【2018年4月21日(土)】

 夏到来を思わせる陽気なり。

 前日の天気予報は、この日のTOKIOの気温が27度に達すると告げておったのです。
 この日、奥さんは自分の車を運転して、千葉県の大多喜に1泊のひとり旅に出る。
 このまま家にこもっているには、あまりにもったいない気がして、ボクはチャリで外出することに。
 そして、向かったのがここなのだ。

 自宅近くを流れる善福寺川にかかる“武蔵野橋(むさしのはし)”からの風景。
e0358504_12575930.jpg
 右側に見えるグリーンのスロープに寝そべって、小一時間を過ごす。
 気分は、GWのスタートといった塩梅なのだ。
e0358504_12580798.jpg
 この下にある写真からはわかりにくいのだが、眼下には菜の花畑が広がっていたのだった。
e0358504_12581646.jpg

[PR]
by misaochan3x7 | 2018-04-22 13:02 | 自分遺産 | Comments(0)

フライング・ミミオ・ハンド プレゼンツ!! 都内2か所での “オープンマイク企画” のお知らせ。

【2018年3月30日(金)】

 この日、60歳の誕生日を静かに迎えたのである。
 いわゆる、“還暦”というやつだ。
 この、現役感終了の感じが、ものすご~くいやなんだよなー。
 これから先、年齢だけは、手塚治虫と石ノ森章太郎を超えて生きることになるのだが。
e0358504_18014275.jpg
 さて、これを記念して、9月に中野区と大田区の2か所で、わたくし主催の「オープンマイク企画」をやらかすので、興味・関心がある方は、ぜひご参加を!!
 記念Tシャツも作るつもりである。

e0358504_20290701.jpg

 125.pngじみへん⇒https://cafejimihen.jimdo.com/

e0358504_20291365.jpg

 125.png久松温泉⇒http://www.hisamatsu-onsen.com/
   大田区池上にある銭湯です。
   お風呂に入る人は、2階での宴会スタート時間の16時までに入浴を済ませてくださいね。
  飲み物(酒、ソフトドリンク)は、持ち込み厳禁です。必ず、2階のカウンターで買ってくださいね!!

 【過去の利用例】
 177.pnghttps://miaochang2.exblog.jp/22017485/

 177.pnghttps://miaochang2.exblog.jp/20604892/

 177.pnghttps://miaochang2.exblog.jp/16903432/


[PR]
by misaochan3x7 | 2018-03-31 18:05 | 自分遺産 | Comments(0)

シンコーミュージックが出していたロック雑誌「プラス・ワン」。そして、原正孝の「初国知所之天皇(はつくにしらすめのみこと)」のこと。

 おお!! 定期訪問先のタンブラーで見つけた177.pngロック雑誌「プラス・ワン」。
 版元は、シンコーミュージック。中とじの雑誌で、版型はA4サイズだったはずだ。
 いんや、無線とじだったわ。
 表紙まわりは、pp加工(ポリプロピレン貼り)してあったよな。
 この版元にしては珍しく、サブカル的なというよりは、カルトに寄せた編集が気になる雑誌ではあったのだ。

e0358504_18080643.jpg
 改めて右肩上のクレジットを見ると、この雑誌は、1973年5月4日に第三種郵便物認可を受けたことがわかる。
 そして、この号は、同じく1973年8月25日印刷、同年10月1日発行の「10月号」なのだ。

 いや~、生きていてよかった~。
 まさか、この雑誌に出会おうとはね。

 その昔、ボクが高校生だった頃、この雑誌に出会い、1号だけ買ったことがあるのだが、その号の表紙は、レオンン・ラッセルのイラストだったっけ。
 1974年(高校2年生)の頃だったろうか。
 その号は、142.png高校時代、もっとも親しい友人にあげたのだが、彼は48歳で若くして没してしまったのだった。

 ところで、その号には、177.png原正孝の「初国知所之天皇(はつくにしらすめのみこと)」というタイトルの何かが乗っていたのだが、それがエッセイだったのか、映画のシナリオだったのかは、いまはもう思い出せないのである。
 それにしても、この177.png原正孝が、のちの原将人だったとは。
 そのとこに気づくまでに、ボクは40年以上を費やしているのである。
 まったくもって、ボクは何も知らないできょうまで生きていたことになる。
 慚愧に堪えないのである。

e0358504_18140764.png


[PR]
by misaochan3x7 | 2018-03-21 18:20 | 自分遺産 | Comments(0)

雪の3月。「春分の日」に。

【2018年3月21日(水)・

 なぜ休日なのかといえば、けふは、「春分の日」だからであるようだ。
 奥さんは、バスによるミステリーツアー出かけて行った。
 そして、ボクは、居間のコタツの中で愛猫みーちゃんとふたりで留守番をしていたところ、午後2時ごろ、ふと外を見ると雪が降っているではないか。

e0358504_16124793.jpg
e0358504_16124112.jpg
e0358504_16251813.jpg
 寒いわけだよ。
 近所の桜は、蕾(つぼみ)を閉じて身を固くしているのだった。
e0358504_16123136.jpg


[PR]
by misaochan3x7 | 2018-03-21 16:33 | 自分遺産 | Comments(0)

あの頃。 大杉漣さんのこと。

【2018年2月24日(土)】

 177.png2003年のお正月が明けてから2004年8月31日までの20ヶ月間、西荻窪にあった無添加パン工房に就職し、毎朝焼きたてのパンを車に積んでパンの移動販売をして生活の糧を得ていたことがある。
 辞めるまでの間、延べ12,000人に手売りでパンを売ったのだ。

 そんなある日、杉並区内にある177.png柿木図書館の近くで車を停めてパンを売っていたところ、ひとりの男性がボクの車を訪れ、2,000円分くらいのパンを買ってくれたのだ。
 それが、171.png大杉漣さんだった
 「これ、家で焼いてるの?」
 漣さんは、そういった。
 ボクが個人で商売をしているんだと思われたようなのだ。
 実は事情があり、身過ぎ世過ぎで西荻窪の無添加パン工房に勤めるセールスドライバーになっていまはパンを売る身です、と説明したかったのだが、ちゃんと説明しそびれてしまったのだった。

 ちょうどお昼ごはんの時間帯だった。近くでテレビのロケがあったようで、たぶん出演者やスタッフの差し入れにと買ったくださったのだと思われる。
 やさしいひとだなって思ったことを、いまでもよく覚えているのである。

 享年66歳。ボクがパンを買っていただいた頃は、50代前半だったんだな。
 あまりに急な死だった。
 心からご冥福をお祈りしたい。

e0358504_14501409.jpg


[PR]
by misaochan3x7 | 2018-02-24 14:52 | 自分遺産 | Comments(0)

本厚木のH邸で開催された「もちつき」に参加するの巻。

【2018年1月14日(日)】

 本厚木のH邸で開催された「もちつき」に参加す。
 この「もちつき」には、ここ数年来必ず参加することを無上の楽しみとしているボクなのだが、昨年欠席したのは、風邪かなんかひいたからだろうか?忘れてしまいましたね。
 一昨年(2016年)の様子は、178.pngここですよん。169.png

 さて、そんなわけで、小田急線新宿駅から快速に乗ること1時間で本厚木駅に到着し、駅前からタクシーに乗って会場であるH邸に着いた11時過ぎには、もう準備万端整っていたのだった。

e0358504_10272505.jpg
e0358504_10274080.jpg
e0358504_10275897.jpg
 それにしても、見事な晴天である。
 この日は、お子ちゃまも含めて10名以上の善男善女が集まった。
 その模様を写真でアーカイブ。
e0358504_10291653.jpg
e0358504_10292496.jpg
e0358504_10293158.jpg
e0358504_10293777.jpg
e0358504_10294455.jpg
e0358504_10295385.jpg
e0358504_10300214.jpg
e0358504_10301021.jpg
e0358504_10312142.jpg
e0358504_10312876.jpg
 料理には、きなこもち、大根おろしのからみもち、なっとうもち、いちごの入ったあんころもち、ぜんざいなどのもちメニューを楽しんだほか、野菜たっぷりのけんちん汁、キムチ味の野菜たっぷりのお汁、さといものグラタン、チキン、白菜のサラダなどなど、豊富なメニューが並び、参加者は舌鼓を打つ。
 ポポポポーン!!
e0358504_10315117.jpg
e0358504_10322957.jpg
e0358504_10324703.jpg
e0358504_10325568.jpg
e0358504_10330443.jpg
e0358504_10331646.jpg
 そして、ボクは、料理だけでなく、主催者からいただいた金箔入りの日本酒のボトルを飲むのに忙しかったのである。

 その後、会場が屋内に移ると、まずはじめに、参加者全員を対象とした誕生日を祝ってパウンドケーキが登場してのお祝いの会となり、続いて歌の会に移行す。
 この日、ボクはアコギを持参していたのだが、会場にはもうひとりアコギ弾きの男性もあり、2人で会を盛り上げる。

e0358504_10341094.jpg
e0358504_10343251.jpg
e0358504_10344066.jpg
e0358504_10344793.jpg
 そこで、ボクが採った作戦は、曲に「やぎさんゆうびん」を選び、お子ちゃまにはピックを渡して、弦を上から下に引っ掻いてもらうストローク担当者になってもらうと同時に、ボク自身は左手でコードチェンジしながら歌を歌う〝二人羽織方式〟で、お子ちゃまと親御さんの歓心を買うというもの。



 会場にいた何人かのお子ちゃまにこれを試し、この作戦は大いに功を奏したと思うのであ~る。(笑)
 さて、そうこうしているうちに日も傾き始めたのをきっかけに、飲み残した金箔入りの日本酒のボトルと、この日突いたおもちときなこもちをお土産にいただき、H邸を辞し、帰途に着いたのであった。
e0358504_10404667.jpg


[PR]
by misaochan3x7 | 2018-01-19 19:49 | 自分遺産 | Comments(0)

寝正月進行中の巻。

【2018年1月2日(火)~3日(水)】

 畳部屋とは、布団の上げ下ろしで綿ぼこりが舞いに舞い、ほこりまみれな部屋のことである。
 それを365日毎日繰り返しているので、ほこりは払っても払ってキリがない。
 掃除などしてもアホらしく思え、部屋の掃除など、する気が失せてしまうのである。
 その結果、部屋の隅には、綿ぼこりがたまりにたまり、見事にフェルト状になっている。これが、畳部屋の宿命というものなのである。
e0358504_03345029.jpg
 さて、年も明けた2日目、フェルト状になった自部屋のその綿ぼこりを、おもむろにダイソンで吸い取って新年を迎えるのだ。
 ボクの場合、大掃除とは、新年を迎えた正月休み中の儀式なのである。
 そして、大いに満足し、正月だからと奮発して、178.pngいつもより高い酒(ウィスキー)を買いに出かけ、部屋に戻ってお屠蘇がわりに家飲みだ。

 結局、毎日TVを観て居間でゴロゴロしながら寝正月を決め込む。
 わが国ジャポンの伝統的な美風として、この習俗もなかなかこれもいいもんだ。
 ところで、新年早々、なぜ毎年駅伝なのか理解に苦しむ。しかも、2日間だ。
 ジャポネーゼは、アタマがおかしいのではないか。
e0358504_19014543.jpg

[PR]
by misaochan3x7 | 2018-01-03 19:04 | 自分遺産 | Comments(0)