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「フォークソングの東京・聖地巡礼 1968-1985/金澤 信幸:著 講談社 」を読む。

 音楽仲間である「フォークグループあじさい」のギター・パーカッション・ボーカルにしてプロのグラフィックデザイナーである125.png菊地さんのブログで知った174.png「フォークソングの東京・聖地巡礼 1968-1985 」を読了。
 東京のさまざまな場所(トポス)と、そこにまつわるさまざまなフォーク歌手やバンドが持つそれぞれの主題(トポス)が交錯する「東京論」。

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 何しろ本の帯のコピーがシビれるのだ。

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渋谷で
忌野清志郎
仲井戸麗市
泉谷しげるが出会い、
三田で
頭脳警察
はっぴいえんど
吉田拓郎がすれ違った。

高田馬場、高円寺、
吉祥寺、福生・・・
事件と伝説のライブと
名曲誕生の舞台をめぐる。

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 読みやすい文体とわかりやすい内容。
 それに、何よりも表紙のイラスト(構図といい、色合いといい、キャラクターの表情)が、

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 フォーク少年ではなかったボクにとって、岡林信康が、吉田拓郎以前のフォークの旗手だったっていうことと、そのことによる彼の苦悩が、この本を読んでとてもよくわかったのである。

 「70年代初頭、(高円寺の)知名度は決して高くはなかった。北区王子在住の高校生だった私は、高円寺には行ったことはなかったし、どんなイメージも浮かばなかった。その名前を知っていたかどうかも自信がない。これは私だけでなく、おそらく、高円寺周辺以外の人間にとって大きな違いはなかったのではないか? ましてや地方の人間にとっては高円寺などまったく知らなかった人がほとんどだろう。」という、東京人である筆者の金澤 信幸氏のコメントは、驚くべき貴重な証言である。
 高円寺は、吉田拓郎の歌によって“発見”されたまちなのである。
杉並区高円寺 高円寺2つの伝説、吉田拓郎「高円寺」とロック喫茶「ムーヴィン」1972年7月21日 99p)

 また、長崎生まれの長崎育ちだとばかり思っていたさだまさしが、バイオリン修行のために小学校を卒業すると同時に上京し、葛飾区四つ木の町工場に下宿し、区立中川中学校に通い、その後、市川市に移り、中学・高校を時代を過ごしたというエピソードも意外だった。
木根川橋 さだまさし少年の見た葛飾の景色 1979年4月10日 167p)

 巻末にある参考文献の中に、174.png「60年代 郷愁の東京/本橋 伸宏:著 主婦の友社」と杉並区立郷土博物館が、平成8年度特別展として1996年に開催した「高円寺フォーク伝説」の図録を見つけてうれしい気持ちになったのだ。
 「60年代 郷愁の東京」は、ずっと読みたかった本で、偶然にも、「フォークソングの東京・聖地巡礼 1968-1985」と一緒に、今回購入した本だ。

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 この本も、東京のさまざまな場所(トポス)と、そこにまつわる著者である本橋 伸宏氏のアンテナに引っかかったさまざまな主題(トポス)が交錯する「東京論」であり、中でも、かぐや姫の「神田川」が生まれる瞬間のエピソードの描写は、白眉である。

 また、174.png「高円寺フォーク伝説」は、会場である杉並区立郷土博物館が家から近いので、会期中(1996年11月3日(日)~12月1日(日))チャリでに見に行って、そこでこの図録を買ったのである。
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 最後に、「フォークソングの東京・聖地巡礼 1968-1985」に戻るが、ボクは福生(ふっさ)には行ったことがないので、菊地さんの故郷であるこのまちに、いつか連れて行ってもらいたいと思うのだった。
福生市 大瀧詠一の福生ライフ始まる 1973年1月 110p)




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by misaochan3x7 | 2018-07-28 22:38 | キャラ立ち | Comments(0)

【ボクが森脇 瑶一を名乗っていた頃③】

 1990年。ボクは32歳になっていた。
 この年の春、ボクは、大学を卒業して新卒で入社した都内のプロラボ(プロフェッショナル・カラー・ラボラトリー。プロカメラマン用のカラー現像・プリントショップだ)に9年務めたあと、都内にある一部上場といわれる大手の印刷会社に転職したのだが、転職から間もないこの時期、ボクは三度(みたび)漫画原作に挑んでいる。
 今度は、「週刊少年サンデー」である。
 その動機は、いまとなっては、もう思い出せない。
 そもそも、この稿を起こすまで、過去の自分がやったこのアプローチについての記憶は、ほとんど失われていたのだった。

 177.png【募集告知】

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 177.png【1次審査発表結果】
 応募総数877編。1次審査に残った応募者の中に「森脇 瑶一」の名前が見える。

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 177.png【2次審査発表結果】
 続いて2次審査。そこに残った50編の中にボクの名前はあった。

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 177.png【最終審査発表結果】
 結局、「週刊少年サンデー」では、1次審査、2次審査、最終審査と、3度のふるい落としを受けたことになる。
 そして、最終審査では、ボクはかすりもしなかった。

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 前作2編(週刊少年ジャンプ、週刊少年マガジン)では、ともに美少女キャラによるアクション物を描いたが、そればかりでは芸がないと思ったのか、「こわしやジョー」という新キャラを使って作品を書いている。
 ストーリーなどすっかり忘れてしまった。
 それにしても、ジョーはいったい何をこわしたのか?

 この応募のことが記憶にないのは、結局、賞金をもらえなかったことに尽きる。
 思い出を刻印するきっかけとは、やっぱり金なのだ。

 こうして、ボクの「森脇 瑶一の時代」は、静かに終わりを告げたのである。

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by misaochan3x7 | 2018-07-28 16:25 | まんが道(みち) | Comments(0)

【ボクが森脇 瑶一を名乗っていた頃②】

 1988年。ボクは30歳になっていた。
 一発逆転をねらって再び漫画原作に挑むことになる。
 今度は、「週刊少年マガジン」だ。

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 117.png前作の武論尊先生の評である「編集者などから適切な批評や指導を受ければ、おもしろい作品を仕上げる力量を感じる。」を糧にしたチャレンジである。
 目指すは、北斗御殿なのだ。
 二匹目のどじょうのテーマは、やっぱり美少女を主人公にしたバトルアクション物である。
 結局、これまた三等賞の「ブロンズ賞」で5万円を得る。
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 この時は、「週刊少年ジャンプ」の時とは違って、ちゃんと「週刊少年マガジン」の編集者(K渕さんといったね)が、ボクの担当者としてついてくれたのである。
 1985年に結婚したボクら夫婦は、文京区の小石川で最初の所帯を持ち、そこで長男をさずかった。結婚すると本籍は好きな場所が選べるので、ボクらは本籍地を小石川にしたのである。
 「週刊少年マガジン」の編集部のある講談社は、同じ文京区内にあり、その気になれば自転車で行ける距離だった。
 仕事から帰ると自転車に乗って、夜、音羽の講談社まで行って、サラリーマンとしての当時の自分の仕事の合間に仕上げた原稿を何度か彼に見てもらっていたのだが、結局、モノにはならなかったのだ。
 悪い予感はあった。
 「週刊少年マガジン」の受賞作の評は、「ストーリーをもっとわかりやすく!」だった。
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 先の武論尊先生の評である「編集者などから適切な批評や指導を受ければ」という言質(げんち)にならえば、「ストーリーをもっとわかりやすく!」という指摘は、その頃のボクにとっては「適切な批評や指導」などとはほど遠く、「うるせーな、ほっとけ!!」と反論する材料にしか聞こえなかったのである。
 それに、担当者のK渕さんはボクより年下の独身者だったので、指導を受ける年上の妻帯者であるボクとしては、少々、というよりも、かなりやりにくい感じもしたのだった。
 彼は、ボクがあまりよく知らない英吉利のパブロックにくわしく、ブリンズリーシュワルツなんてバンドの存在は、彼から教わったっけ。
 ファミレスでの打ち合わせは、いつもおごりで、必ずビールつきだったように記憶する。見てもらう原稿に手ごたえは得られず、最後は、おごりだけを期待しての年上のたかりようだった。

 で、結局、ボクは、誉められてしか動かないし、動けないタイプの人間だったので、漫画原作という、編集者のいうことを聞きながらの「注文仕事」には向かないタイプなのだった。
 この時、編集者は、読者のニーズの先(一歩先よりは、半歩先くらいがちょうどいいみたいですね)を読む有能なマーケッターだということがわかった。
 それにひきかえ、そもそも、当時のボクの視野の中には読者の姿なんてまるでなく、まったくのひとりよがりで原稿を書いているだけで、「読者を喜ばせるために書く」というテーマやミッションなんてものは皆無だったのである。

 しかし、書き手は、それではダメなのだ。

 結局、ボクは自分に負けたのだといえる。
 書くという行為そのものの中に、表現者としてのテーマを見い出せていなかったし、妻子もある身だったので(息子は、まだ乳飲み子だった)、サラリーマンとしての収入を捨ててまで漫画原作の修行に身を捧げる気持ちなど微塵もなく、「あわよくば一発当てて、一気に成功者に!!」という、身勝手な思いしかなかったのだ。
 本当にやりたいことは、頭がシビれるくらい考え抜きながら、自分の中を掘って掘って掘りまくり、結局は「誰かの役に立ちたい」、「誰かによろこんでもらいたい」というテーマを実現するために、それを自分の手で仕事化する以外にないのである。

 いまならそのことは、はっきりとわかるのだが、30年前のボクには、そのことがわからなかったのだ。
 そもそも、自分以外のあらゆる対象に感謝する気持ちや、辛抱する気もちなんてものは、これっぽっちもなかったからね~。
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by misaochan3x7 | 2018-07-28 16:00 | まんが道(みち) | Comments(0)

「週刊少年ジャンプ」創刊50周年。そして、ボクがジャンプに残した小さな爪痕の巻。【ボクが森脇 瑶一を名乗っていた頃①】

 「週刊少年ジャンプ」創刊50周年。
 記念号を買ってみたのだが、心に響く企画は何ひとつなかったよなあ。

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 177.png讀賣新聞(朝刊)2018.7.17(火)
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 巻末の「歴代漫画家コメント集」も何だかお寒い感じで、せいぜい、貝塚ひろしと本宮ひろ志の近況を拾えただけが唯一の救い。
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 結局、このページのこのスペースだけのために280円を払ったことになる。
 巻頭の鳥山明と井上雅彦の対談で、鳥山明が顔を見せないのは、何か深い理由でもあるのだろうか。
 付録の「歴代ジャンプ表紙ギャラリー」でボクが反応したのは、1971年の「荒野の少年イサム」の表紙あたりまでなのだ。
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 1972年からは高校受験生活に入り、その後、浪人、1977年大学入学となる。この間、ジャンプとは無縁の生活。
 だから、スーパーカーブームの「サーキットの狼」とも無縁なり。
 大学のサークル室に転がっていたジャンプで読んだのは、「すすめパイレーツ」「1・2のアッホ!!」「リングにかけろ」くらいか。
 「ドーベルマン刑事」「コブラ」もうっすら記憶にあるのだが。
 「キン肉マン」「ドラゴンボール」とは、完全に無縁の世代。「ONE PIECE」が21年も連載を続けているなんて、ついこの間はじめて知ったくらいなのだ。
 やっぱりボクには、少年ジャンプ300万部突破記念(創刊12年)として1980年につくられたこの記事の方が、仕事も丁寧で資料価値が高いのである。
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【ボクが森脇 瑶一を名乗っていた頃①】


 ところで、ボクがジャンプに残した小さな爪痕の話である。
 1987年、当時、「北斗の拳」で飛ぶ鳥落とす勢いだった武論尊先生のように、漫画原作で一発当てて北斗御殿でもぶっ建ててみたいと思い、ジャンプが企画する漫画原作賞に応募して、「奨励賞」の5万円を得たことである。
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 ペンネームの「森脇 瑶一(もりわき よういち)」は、母親の旧姓と息子の名前の合体なのだ。
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 モチーフは、原作:工藤かずや、作画:池上遼一の美少女サイキックガール漫画「舞」(「週刊少年サンデー」連載1985年~1986年)そのものなのである。
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 受賞後、お茶の水の日仏会館で開催された「ジャンプ漫画セミナー」に招待されたのだが、となりの席にいた男の子のアンケート用紙に、彼のプロフィールが「14歳 北海道」と書かれているのをちら見した時、これはもう勝負にならないなと痛感したことを、いまも強烈に覚えているのである。
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 当時、ボクは29歳。いまから思うと気絶するくらい若く、1歳の息子の若いパパさんなのだが、14歳の少年から見たら、りっぱなおっさんなのだ。
 漫画は、10代の初期衝動をどこまで維持できるかにかかっているので、実は、20代からのスタートではもう遅く、ましてや29歳は完全にアウトなのだった。
 結局、賞金の5万円を何に使ったのかは忘れてしまった。
 一発逆転のチャンスメイクを目論んだサラリーマンの若いパパの野望は、結局、一過性のこづかいかせぎに終わってしまったのである。つまり、あぶく銭なのだった。


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by misaochan3x7 | 2018-07-28 11:58 | まんが道(みち) | Comments(0)

その日、新高円寺の空は赤く燃えていた。

【2018年7月19日(木)】

 仕事帰りの地元、新高円寺。
 夜の7時近く、空は赤く燃えていたのだった。
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by misaochan3x7 | 2018-07-24 19:42 | ご近所アーカイブ | Comments(0)

埼玉県東松山市での「蚕小屋ライブ」に行って来ましたの巻。

【 2108年7月15日(日)】

 イベントスペース174.png「蚕小屋」は、文字どおり、もとは農家の蚕小屋だった家屋であり、東武東上線「東松山駅」で下車して行けるといふ。

 そのハコで、東中野にある音楽酒場「じみへん」の常連で結成された「じみへんオールスターズ」のメンバーであるムロイさん(エレキギター)、ちくちゃん(ベース)、ケンさん(アコギ)の3人による「JUST」を含む3組のバンドによるライブがあるというので行ってみることに。

 実は、この日のライブは、「蚕小屋版画フォーラム2108」という企画の一環で、東中野にある音楽酒場「じみへん」の常連で結成された、先の「JUST」を含む3組のバンドによる特別ライブなのだ。

 その名も「東中野じみへんから歌の仲間がやってくる!! YA~YA~YA~!!!」という、投げ銭ライブである。

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 で、その東中野「じみへん」からの歌の仲間は、「JUST」だけかと思っていたら、「Standing Birds」という2人組のユニットも店のお客さんであったのだ。
 そんでもって、「ひき(ひるねこ&きゃさ)」は、「JUST」のベースであるちくちゃんの親戚筋の方で、この「蚕小屋」のオーナーさんでもあった。
 「ひき」は、地元の比企(郡)に由来するとのこと。
 そういえば、比企理恵っていたよね。

 さて、東武東上線「東松山駅」は、お初である。
 どうやって行こうかな~って思って、埼玉出身の奥さんに聞いたら、ボクの利用路線である地下鉄丸ノ内線からは、「新宿三丁目」で1回だけ乗りかえれば行けるよ~って、こともなげにいうではないの。
 えーーーっつ!!
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 地下鉄丸ノ内線で新宿まで行って、そこで山手線に乗りかえてから池袋で降りて、そのあと東武東上線に乗るんぢゃねーのぉぉおお!?
 いんや、そうではないんすよ、お客さん。
 いまや、125.png東武東上線、西武池袋線・西武有楽町線、東京メトロ副都心線、東急東横線、横浜高速みなとみらい線の5つの路線が相互直通運転しとる「Fライナー」
いうんがあるので、奥さんのいうとおりの一筆書きみたいな驚きの行路が実現するんすわ。
 すげーことです。
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 というわけで、東武東上線「東松山駅」初上陸。
 お店の地図がすばらしい上に、足も痛くて長時間の歩行はまだ無理なので、はなっから駅前でタクることに決めていたのだった。

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 会場に到着。
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 なるほど、もとは蚕小屋だわ。
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 かまびすしい蝉の鳴き声のコーラスをバックに、3組の演奏が続く。
 169.png Standing Birds
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 169.png JUST ▼
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 169.png ひき(ひるねこ&きゃさ)
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 遠い田舎での夏休みの一日を思わせて、実にシブいでございます。
 小屋の中は暑かったです。
 しかし、その暑さも、我慢すれば突き抜けられるということが実証できたのでありんす。
 終了後、小屋の中で打ち上げ。
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 そして、そのあと、あらためて「JUST」と「Standing Birds」のメンバーで、駅前の居酒屋に移動して、東松山名物の辛(から)味噌をつけて食べる焼き鳥を食す。
 帰る頃には夜になっていた。
 今回、東松山は、ちくちゃんの実家があるまちであることがわかったのである。
 そして、そのちくちゃんの案内で、芸の向上にご利益があり、市川海老蔵も来るという地元の稲荷神社にみんなで参拝。

 実は、この日、小屋ではスイカをごちそうになり、駅前で焼き鳥を食べ、最後に稲荷神社(お狐さま)に行ったのだが、わけあって、ボクはこの3つのすべてを禁忌(タブー)として生きていて、おつきあいの関係上、すべての禁を破った一日であったのだ。
 禁を破ったからといって、この身に厄災がふりかかるなんてことははないのだが、ま、気分の問題なのであ~る。

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by misaochan3x7 | 2018-07-24 19:36 | 音楽とわたくし | Comments(0)

あの本が9万部を突破したそうです。

【2018年7月13日(金)】

 ひつこくてしゅびばせん。
 あの本が9万部を突破したそうです。
 わが国の奴隷制度について考える本なのかもしれません。

  177.png日経新聞(朝刊)2018.7.13(金)
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by misaochan3x7 | 2018-07-24 19:32 | キャラ立ち | Comments(0)

「メルシー(Merci)」は、東京都交通局が都営地下鉄駅構内で運営する駅売店なのであ~るの巻。

 ある日の都営地下鉄「大江戸線」の車両内の中吊り。
 はじっこにおばちゃんのキャラ。

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 「お買い求めはメルシー売店で」ってゆーとるね。
 あ、この売店は、おばちゃんで成り立ってんのか。
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 で、調べてみたら、125.png「メルシー」は、東京都交通局が都営地下鉄駅構内で運営する駅売店だったのであ~る。
 職場に行き来する途中にもあるのさ。
 時々、朝、朝食代わりにパンを買ったり、仕事帰りにも菓子パンを買い食いしたりするのであります。
 そんでもって、店番しているのは、やっぱり、おばちゃんなのだ。
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by misaochan3x7 | 2018-07-23 22:35 | キャラ立ち | Comments(0)

今年の夏休みの課題図書決定!!

 今年の夏休みの課題図書は、梶原一騎の未読のこの2つの作品に決定だ。
 まずは、「まんだらけ」でこの作品を買うところから始めなければね。
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by misaochan3x7 | 2018-07-16 22:49 | まんが道(みち) | Comments(0)

“さだまさし頭髪考”。

 若いころ直毛でロン毛だったさだの頭髪は、いまや頭全体が陰毛のように縮れているのはなぜか不思議に思っていたのだが、若い頃の写真をあらためて見直してみると、どうやら癖っ毛であることがわかったのである。
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 それがどうした、ぼくドラえもん。
 “さだまさし歯茎考”に続く。(ウソ)

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by misaochan3x7 | 2018-07-16 19:26 | キャラ立ち | Comments(0)